フィールドプラス no.18
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(下)メルボルン市内のカフェ(2014年2月)。少しでも椅子を並べるスペースがあれば、そこはオープンカフェになるのがメルボルンのカフェ文化である。シドニー市内のショッピングストリート(2015年9月)。成長著しいシドニー市内では、新しいデザインの建物がどんどん増えている。(右)エスニック・レストランの建ち並ぶメルボルン市内(2015年8月)。観光客が多く訪れるスワンストン・ストリートには、アジア各国の料理を出すレストランが集中している。る「一連のセット」は、イギリスからの入植者がオーストラリアの地で自給自足するために、本国のイギリスの生活様式を持ち込んだものである。地平線まで続く牧草地に羊が放牧され、そこで羊たちがのんびりと草を食む様子は典型的なオーストラリアの景観である。しかし、これはイギリスからの入植者が、本国の生活様式をオーストラリアにそっくり持ち込んで「移植」したにすぎない。これはオーストラリア的なのではなく、イギリス的だと言った方がわかりやすいのだろう(ブドウ畑だけはイギリス的ではないが…)。 オーストラリアの牛肉(オージービーフ)はとても有名であり、オーストラリアで何の肉が一番好きかと質問すれば、多くの人が「牛肉」と答えるだろう。しかし、実際には羊肉であるラムの人気が根強い。この傾向は、一族が1960年代以前に入植したイギリスやアイルランドからの移民に強く見てとれる。オーストラリアのフィールドでの調査時に家庭での食事に招かれる機会もあるが、そこで出てくる「ごちそう」料理は、多くの場合オーブンで焼いたラム肉の香草焼きである。オーストラリア国内で飼育されている羊の頭数は、冒頭に書いた通り7000万頭程である(2015年)。しかし、私が大学生の時代に覚えた数字では1億6000万頭程(1990年代初頭)だった。1990年代初頭のオーストラリアという国は、人口1600万人に対して10倍の数の羊がいるのだと驚いた記憶がある。当時は確かに「羊の背中に乗った国」という表現が適切だったかもしれないが、今や羊の頭数はだいぶ減ってしまっている。農業生産額に占める羊毛の比率も、最盛期だった1960年代には60%を超えていたが、今日では5%を切っている。もはや、羊の存在感はだいぶ減ったのかと思いきや、こうした食文化のレストランからみるオーストラリアの多文化社会 シドニーやメルボルンをはじめ、オーストラリアには人口100万人を超す大都市が5つある。こうした大大都市の都心部には高層ビルが建ち並び、街角のあちこちにエスニックなレストランがある。エスニック・レストランの代表的なものはさまざまな中華系の店であるが、その他にもヴェトナム系、タイ系、インドネシア系、マレーシア系、韓国系などアジア系の店のほか、ピザ・パスタを扱うイタリア系、スブラキ(肉の串焼き)や肉厚ステーキを出す地中海系、ケバブを出す中東系の店も多くみかける。ただ、これは大都市部に限った話である。大都市部から50kmも離れると(つまり、オーストラリアの大部分では)、食事がとれる場所といえば、国道沿いに点在するファストフード系のほかはサンドイッチ屋かパン屋しかないことが普通である。私は公共交通機関でアクセスできない奥地に調査に入るためにオーストラリア国内をレンタカーで移動することも多いが、都市部から農村部に出てしまった後は、移動中の食事の選択肢は殆どない。面に根強く残っていることは面白い。余談だが、オーストラリア社会の多文化化が進み、インド系の移民や、インドネシア、マレーシア、さらには中東諸国からのムスリム移民が増えた結果、宗教的な禁忌の少ないラム肉は、オーストラリア社会の中で重要度を増しているとも言える。オーストラリアの大部分を占める広大な農村地帯には、アジア系の移民や店はほとんど見かけない。今日の大都市部にはアジア諸国からの移民が多くあふれ、食べ物の選択肢も多い状況に比べると、農村部は、まるで別世界である。現代オーストラリアの印象 オーストラリアに行ったことのない人がオーストラリアに対して持っているイメージは、陽気でフレンドリーな人柄、広大な国土、有袋類などの野生動物、農業大国、資源国などである。日本から初めてオーストラリアに来た人は、石造りやレンガ造りの建物の多さから「ヨーロッパ的」な印象をもつ。しかし、ヨーロッパの都市を見たことがある人の場合は、ヨーロッパ的な要素がベースであることに異論は挟まないものの、何か「ちょっと違う」印象をもつだろう。それは、高層かつ現代的なデザインの新しいビルが都市(とくに都心部)に多い点が影響しているだろう。今も市内をトラム(路面電車)がゴトゴト走るメルボルンはヨーロッパの街並みに近い印象があるが、かつては存在したトラムを全廃したシドニーなどは、まるでアメリカの大都市にいるかのようだ(観光客用のトラムが1路線のみ存在するが)。さらに、都市部ではあちこちで見かけるアジア系のレストランの多さは、多文化社会のイメージに拍車をかける。ヨーロッパをベースに、アメリカとアジアがミックスされているのがオーストラリアの景観なのだろう。23

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