古くから研究対象となってきた意味領域である親族名称においても、グイ・ガナ語は他には見られない分類体系をもつ。親族名称の類型論 親族名称は、諸民族の言語の具体的データがもっとも多く蓄積されてきた意味領域の一つだろう。生殖やそれを可能とする性的関係をもとにした人間関係のネットワークは人間社会を構成する基礎であり、親族名称体系を明らかにすることが、ある民族を理解するための必須項目であると考えられてきたからである。同時にこの意味領域は、ほぼ普遍的に共有された少数の特性(世代差・親子関係・キョウダイの長幼差・性別・婚姻関係など)から組み立てられているので、できあがった体系全体が構造として複雑であっても、体系どうしの比較対照が容易である。その結果、この分野での類型論的研究は進み、実際に私たちの社会で見られる分類パターンは、論理的に想定される数よりずっと限定されていることが明らかにされてきた。 たとえば、私たち日本人が用いている体系は、親を共有する人々をキョウダイとよび、親どうしがキョウダイである人々をイトコとする(キョウダイはさらに兄・弟・姉・妹のように、長幼の順序や性別を語彙化していることが多い)。同じように、親と、親のキョウダイ(=オジ・オバ)とを別カテゴリーに分類する。これは、直系と傍系とを区別する体系である(図1)。 これとは異なる論理で組み立てられた体系もある。平行イトコと交叉イトコを区別して、前者をキョウダイカテゴリーに分類する体系は世界中で広く見られる(「平行イトコ」は親の同性キョウダイの子、「交叉イトコ」は親の異性キョウダイの子のこと)。このような体系では、母の姉妹は「母」(の一種)だが、母の兄弟は「父」(の一種)ではなく「オジ」である。このような分類型を二岐融合と呼ぶ(図2)。 さらに、これら二つの体系に見られる「直系・傍系」の区別と、「平行・交叉」の区別とを両方用いる体系や、逆にこれらの区別をまったく用いないものの存在が知らグイ・ガナ語の破格性 ここで、グイ・ガナ語の親族体系を見ていただきたい(図4)。ここには、これまで述べて来たいずれとも異なる分類パターンが二点見られることに気づかれただろうか。一つは、親の同性キョウダイをさらに当該の親より年上か年下かで二分することである。たとえば母方のオバたちを、母の姉なのか妹なのかによって区別すること自体は珍しいわけではない。しかしそういう場合は、通常彼女たちは、それぞれそろって「オバ」の下位語であるか(たとえば母の姉が「大きいおばさん」だとすると、母の妹は「小さいおばさん」)、あるいは「母」の下位語であるか(「大きいお母さん」と「小さいお母さん」)だ。しかし、グイ・ガナ語の場合、母の姉は「オバ」、母の妹は「(小さい)お母さん」なのである。このような分類は世界的に見ても非常に珍しい。 さらに、それぞれの子がどのように分類されるかというと、親の同性キョウダイの子は、やはりみな自己のキョウダイなのである。この点では先に見た二岐融合型と同じだ。しかし、上の世代と下の世代のつなぎ方で考えると、不思議なことに気がつく。れている。後者の体系においては、自己と同じ世代の親族は皆「キョウダイ」、一世代上の親族は皆自己の「親」である(図3)。傍系において世代の違いが一部なくなっている体系もある。グイの姉妹。ここまで見てきた親族名称体系では、実は自分の親と同じカテゴリーに分類される人の子は自己にとっての「キョウダイ」と分類されるという点では全て一致していた。しかしグイ・ガナ語の場合、親の同性年下キョウダイのみならず、「非親カテゴリー(=オジ・オバ)」に分類される親の同性年上キョウダイの子も自己の「キョウダイ」と分類していることになる。 この二点においてグイ・ガナ語の体系はユニークだ。念のために一つ下の世代を確認しておくと、自己と同性の年上キョウダイの子は自己の子であるが、自己の同性年下キョウダイの子は自分のオイ・メイと分類される。親族名称と行動規範 どんな名称を用いるか、というのは形式上の問題で、グイ・ガナの人たちにとって、キョウダイかそうでないか、母かオバか、というのはあまり現実的には問題にならないのではないか、と思われたかもしれない。実際はむしろ逆で、彼らにとってキョウダイかそうでないかというのは行動規範と連動しており、婚姻の可能性とむすびついている。キョウダイとの性的関係は禁忌なのに対して、非キョウダイはそのような縛りのない「配偶者候補」なのだ。両親を共有するキョウダイも、母どうし・祖母どうしが姉妹であることによって成立しているキョウダイも、等しく「キョウダイ」である、すなわち禁忌の対象であると彼らは考えている。親族名称は、その人に対してどのようにふるまうべきかを示すラベルでもある。 この視点にたってみると、親族分類の違8オバサンの子どもなのに自分のキョウダイ?グイ・ガナ語の親族名称体系大野仁美おおの ひとみ /麗澤大学、AA研共同研究員
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