FIELD PLUS No.17
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山崎寿美子やまざき すみこ筑波大学非常勤研究員水牛の首にかけられた木製の鈴。水牛の顔を模して成形する。できあがり(2010年12月28日)。5年半が経ち色が深くなってきた(2016年8月17日)。村びとにお願いして鈴を1つ作ってもらった。大小の鈴が異なる音色を出し、それが重なっていた。その音の柔らかさに惹きつけられた。そしてよくよく見ると、形も水牛の顔のようで可愛らしい。 牛の鈴は東南アジア各地にあるが、地域によって形状や材質が異なる。このような牛型の鈴は、カンボジアでは北東部のラオ人の村落でしか見たことがない。マメ科やフタバガキ科の木を用い、胴体部分は水牛の角のような突起を残して成形し、そこに牛の首にかけるための紐を括りつける。内部はくり抜かれ、3~5本の木製や鉄製の舌が吊るされる。この舌が胴体に当たることによって音が出る。鈴のサイズは、横幅が15~25cm程度とまちまちで、なかには水牛の顔からはみ出るほど存在感のあるものもある。 鈴は、所有者の有無や水牛の居場所を知らせる役割をもつ。水牛の多くは、農閑期になると綱をとかれ草を食むべく村中を歩きまわる。居場所を探したり、水牛が他家の菜園や畑に入り込んで作物を食べてしまうのを防ぐためにも、鈴音が必要である。ある夜、私が家で寝ていると、かっこかっこかっと音がしてきた。「ん?誰かの水牛だ」。寝入っていたはずの家の男性が、水牛の鈴音に目を覚まし、屋敷地の作物を案じて外に飛び出ていった。ふぃ! ふぃ! と水牛を追い払う声がして、 かこかこかこかかかかか…と急いで走り去る水牛の鈴音がそこに重なる。 私が魅了された木製の鈴。その音は、人々の生活世界から切り離されたら意味がない。そう思いつつも、帰国を前に、私は村の男性に鈴を1つ、おみやげとして作ってほしいとお願いした。彼は快諾し、適当な木を探してきて削りだし、ほんの2時間程度で作ってしまった。19×10×6cmの一般的なサイズで、内部に5つの木製舌が吊るされている。「水牛を飼ってるのか。持って帰ってどうするの。君の首にでもかけるのかい」と冗談交じりに聞かれ、笑われた。 生活世界に水牛がいてこそ鈴もある。残念なことに昨今は、農業の機械化によって水牛は用なしとなりつつあり、鈴を作る必要もなくなってきている。水牛と鈴音が、人びとの日常にありふれたものであり続けるとは限らないのである。しかしそうであってもなお、人々の生活世界にこの音がいつまでも響いていてほしいと願ってやまない。 2007年8月、私はカンボジア北東部に居住するタイ系民族ラオ人の村落で住みこみ調査を始めた。その頃からずっと、村人が自然や動物との関係の中でつくりだす日常的な音に惹かれている。水牛の鈴(現地のラオ語で「コー」)の音はその一つである。村人は田の耕起のために水牛を飼い、その首に木製の鈴をかける。滞在を始めた翌日、私が村人と村を歩いていると、かっこかっこかっこかっ…と音がしてきた。何の音かと尋ねる間もなく、草を食む水牛の群れが見えてきた。水牛が首をつきだして口を動かすたびに、鈴が揺れて音を奏でていたのである。複数の鈴は全て手作りで、大小さまざま。2017 01 no. 17[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラスカンボジアプノンペンストゥントラエン州メコン川

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