31FIELDPLUS 2017 01 no.17め新車の導入も検討されたが、国鉄に需要を満たすだけの車両数を確保する資金はなかった。そんな時、ジャカルタ首都特別州と姉妹都市の関係を持つ東京都が、都営地下鉄三田線に新しい車両を導入することで発生した余剰車両をジャカルタへ無償譲渡することを提案したのである。 こうして2000年に72両の日本製中古電車がジャカルタに渡った。中古といっても保守管理の行き届いた冷房車両の導入は現地で大いに歓迎された。線路の幅や架線の電圧が日本と同じで、大きな車両改造の必要がないことも評価された。これがきっかけとなって、日本からの中古通勤電車の導入が本格化した。それまでジャカルタ首都圏を走っていた国産の電車は、故障がちだったこともあって短距離の支線に追いやられ、いまや主要な通勤路線を走っているのは、東急、東京メトロ、JR東日本といった東京首都圏をかつて走っていた車両ばかりとなっている。安心して乗れる通勤電車 私も最近は日本の中古電車が走る通勤路線をよく利用している。これまでジャカルタでの調査における移動ではタクシーを利用することが多かった。しかし、世界最悪のレベルにあると言われるジャカルタの交通渋滞は激しくなる一方で、改善される見込みがない。数キロの移動に1時間以上かかることもざらで、調査の時間よりも車の中にいる時間の方が長くなってしまう。 そこで、鉄道が目的地の近くを走っている場合は、列車を使うようにしている。日本の中古電車が大量に導入されたおかげで、それほど待たずに列車が来るようになったし、いつも定時運行というわけにはいかないが、列車に乗った方が車で渋滞に巻き込まれるよりもよほど移動の時間が読めるのである。 車内も日本で走っていたときとほぼ変わりがなく、冷房が効いていて清潔である。かつてのローカル列車には物売りや物乞いが駅に着く度に入り込んできてカオスな状態になることもあったが、そのような状態は少なくともジャカルタ首都圏の路線では見られなくなった。 快適な車内環境が維持されるようになったのは、中古電車の導入と並行して進められている国鉄によるサービス向上の努力の賜物でもある。駅構内に入るためには、プリペイドカードによる自動改札を通過しなければならなくなった。物売りが排除されたかわりに、コンビニや小綺麗な飲食店が駅構内に開設され、気軽に利用できるようになった。警備員が各所に配置され、物乞いが構内に入り込むこともいまは難しい。ホームには日本と同じようなベンチが設置されているので、電車が来るまで座って待っていられる。次の電車がどこ行きなのかを示す電光掲示板も設置されるようになったし、次の電車がいまどこを走行しているのかを構内放送で頻繁に知らせてくれるようにもなった。中古電車を使い捨てにしないために 便利になった首都圏の通勤路線であるが、日本の鉄道の信頼度にはまだまだ及ばない。脱線や衝突といった鉄道事故が発生する頻度は低くない。車両故障による運休もしばしば発生している。中古車両だけに故障はつきものであるが、整備や検査が十分に行われていないことも原因となっている。また、故障した箇所を修理しようにも現地では部品の調達が難しく、導入間もない車両でもわずかな故障で廃車にされてしまったり、故障して休車になった車両から部品を流用して凌いだりといった状態である。 そこで、500両近くの車両を提供したJR東日本は、現地で技術支援を行なうことになった。ジャカルタに派遣された社員が、定期検査の必要性を説き、車両保守の方法を教え、部品調達のルートを確保するなどの努力を現場のインドネシア人とともに汗をかきながら続けている。その甲斐もあって、状況は以前に比べるとずいぶんと改善してきているようである。 日本からの中古車両の譲渡と技術支援もあって、インドネシアの鉄道もずいぶんと利用しやすくなった。定時運行の実現はまだまだ先の話であろうが、将来的にはより安心・安全に乗れる鉄道が整備されていくのではないかと思う。しかし、そうなると、ドアの閉まらない車両に乗って外から吹き込んでくる風で涼をとったり、大きく開け放たれた窓から首を出してホーム上の売り子から食事を買ったり、12時間遅れの長距離列車を駅で待ちながらホームを行き交う人々をぼんやりと眺めたりした昔が懐かしくなってくる。そんな「古き良きインドネシアの鉄道」も残してほしいと思うのは、日本人の勝手なノスタルジーだとは分かっていても。※本稿執筆にあたり、『鉄道ピクトリアル』、『鉄道ファン』各号の記事、古賀俊之『インドネシア鉄道の旅』潮書房光人社、2014年を参考にした。また、ジャカルタでは、PT KAI Commuter Jabodetabek社の前田健吾氏、共同通信ジャカルタ支局の清水健太郎氏から貴重なお話をうかがった。記して感謝申し上げたい。 日本製中古電車の塗装や日本語表記は徐々にインドネシア語に置き換えられつつある。「204-333」の表記の前には、モーターつきの電動車を意味するカタカナの「モハ」の字が消された跡がある。デポック駅に進入するボゴール行き通勤電車(元東京メトロ東西線用05系)。通勤客で混雑するタナ・アバン駅を発車するドゥリ行き通勤電車(元JR東日本205系)。パルメラ駅に進入する元JR東日本205系を使った通勤電車。並走する道路では渋滞が始まった。この元JR東日本205系の車体には、まだ日本語表記が少し残っている(「クハ」は運転台付き制御車の意)。なお、「女性専用車両」を表すピンクの帯が上から貼られている。デポック駅の自動改札。入口奥のホームに止まっているのはいずれも日本製の中古電車である。パルメラ駅に設置されている自動券売機。ここで新たにIC乗車券を買ったり、チャージをしたりできる。日本の円借款で新たに建設されたデポック電車区のなかで廃車解体を待つ元都営地下鉄三田線用6000系車両。
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