FIELD PLUS No.17
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27FIELDPLUS 2017 01 no.17ブータン中部シェムガン地方のトン集落:実景のUAV(ドローン)空中写真(撮影:川崎英明)。トン集落は尾根上に立地し、12世紀創建のゾンの足元で門前町をなす。屋根にトタン材が使用されているが、ブータン政府が推進する森林資源保護の一環で推奨されているためである。ブータン全土で暫定的にドローン飛行禁止となっている中、公共事業省が関係各省庁及び軍総指令と協議し、ゾン上空の飛行も含めた許可を得てくれた。古市調査団以来の信頼関係の賜物と思っている。空間や物をひとつひとつ確認しながら丁寧にヒアリング。ブータン人の共著者と30回以上原稿をやりとりし調査成果を議論した論文の国際会議発表。り集落をこのままの形で残すようにとのお言葉があり、ブータン政府は一丸となって取り組んでいる。集落の保全と持続的発展に向けた制度設計や計画立案はブータン全土の共通課題でもあり、トンでの取り組みはそのモデルケースともなり得る。空間の「かたち」とその「意味」 調査ではまず、地形・地物、植物や建物など、測ることのできる物体を実測し、集落の物理的なハードウェアを把握する。次に、それぞれの物体の存在を背後で支える人間側の関与や社会的なしくみについても丹念にヒアリングし、ハード・ソフト両面で実証データ蓄積を試みた。 地形と植物および建物外観の3次元データ・アーカイヴ作成には本学測量研究室の川崎英明非常勤講師が取り組み、UAV(Unmanned Aerial Vehicle無人航空機、いわゆるドローン)で撮影した空中写真と地上写真とをあわせた約3,000枚の写真から写真測量技術を用いて約1億8千万点からなる地物表面の色と位置を点で表した3次元色付点群を作成した(前頁上の写真参照)。 土壌・植物、土地利用の調査では、永村裕子氏、菅博嗣氏、石井匡志氏ら、我々の造園専門家チームが集落内の中高木155本すべての樹種の同定、植栽意図・用途の聴き取り、高さ・幹周り・葉張りの計測を行ない、また、集落内外での土壌調査や農地の把握を行った。その結果、果実など食用の木、家畜飼料、宗教儀式に用いる焚べ材を採る木など、生活で使われる有用樹木が狭い土地の中にじつに稠密に植えられているとわかった。 建築と空間構成については、地元で伝統住居と認識されている建物16棟の外寸と位置を計測し、うち9棟については各階を屋内実測した。加えて増改築の痕跡調査とヒアリングを行い、改変の時期と動機、用途などの履歴を把握した。建物実測とその図面化は、小野寺康氏、飯田哲徳氏、会田友朗氏ら、建築・景観デザインの専門家チームによる指導のもと、私の研究室の学生が主力を担った。調査の結果、100年程度(ヒアリングで遡れる限界)を超える築年と推定される住居が確認された一方、増改築ないし新築された家も少なからずあることがわかった。また、共有壁がある住居の平面構成や共有壁の形成パターンなどの実態を把握した。 空間社会構造については金沢工業大学の山田圭二郎准教授らが空間構成要素とその所有、管理、利用の実態とそれを担う主体について調査した。集落内の広場、共有の水場、道路沿いの路肩などの利用や下草管理、森林・田畑管理、家庭菜園などで土地の利用はその所有の境界を越えて比較的ゆるやかに行われていた。例えば、皆が使う広場は、ここからが我が家の敷地でここからは誰それの土地だというように所有の境界をうるさく言うのではなく、その所有境界に関わらず、一体的な空間として、伸びやかに使われていた。継承すべき価値の議論に向けて 調査により、集落の居住区内に植えられた樹木はほぼすべて日々の生活で使う有用樹木とわかった。これを守っていくことは、暮らしや営みそのものに価値を置くことと重なる。これは花や枝ぶりの美を愛でて守ることとは異なる議論であり、守るべき価値に関する議論の端緒となる。生活空間すなわち生きる空間として、また、自らのアイデンティティの源として、さらには生きてきたことそのものとしてその場所の価値をとらえる視点での議論が必要である。 集落の空間利用が所有の境界で厳密に分かれるのではなく、自由度の高い空間利用となっていることは、この集落を包む、他者を受け入れるおだやかな雰囲気をつくっていると思われた。しかし、今後も近代化が進むと、私的所有の権利主張や、個人が私的財産権のおよぶ範囲内(敷地内)における利益を最大化しようとする動きが出てくる懸念もある。ここで残すべき「価値」は何か――何を残すべきか、その中でどこまで変化を許すか――をよく考えていかねばならない。 また、守るべき価値とは皆が大切にするもの、つまり公共的性格をもつものであるが、生活の中に深く埋め込まれているほど、その公共性を担っているのが何かということが意識されないものであり、失われて初めて気づくケースも多い。ここで、例えばトンの住居にみられた共有の壁は、暮らす家の一部が公共物であるという、「公共」の生々しく具体的に現われた例ととらえられる。自律的な地域づくりのため、今後どのような公共的価値を守るかの議論に住民自身を巻き込んでいく際は、住民各々が、自分が関わっている建物、空間、暮らしについて具体的に理解し、実感を伴って生々しく把握しないといけないであろうし、それを促す手法を考えなくてはいけない。共有壁の例はそのよい契機となり得る。 今回の調査では、今後の計画づくりのベースとなり得る精度の高い基礎データを多く得ることができたと同時に、継承すべき価値の議論につながる論点とその具体例が得られ、ブータン人たちと議論を重ねることもできた(右上の写真)。さらに議論を重ね、住民たちが自らの将来を考えるための判断材料をどのように提供できるか考えていきたい。そしてブータン人自身が自分たちの判断で継承していくべきととらえた価値、彼らが生きていくことそのものを守っていけたらと思う。

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