26FIELDPLUS 2017 01 no.17フロンティアブータン伝統集落を読み解く「かたち」の背後にある空間の「意味」 吉村晶子 よしむら あきこ / 千葉工業大学 ブータンで集落の空間の「かたち」を測っている。その背後にある空間の「意味」を読み解くことで、これから継承すべき価値とは何か、さらにはこの土地で生きることそのものの価値について語りあえるようにならないかと考えている。ブータン王国はヒマラヤ山脈の麓に位置し、九州ほどの面積(約38,000平方キロ)に島根県ほどの人口(約70万人)が住む。小国ながらも標高7,000m級の高山から100m程度の南部インド国境まで変化に富む国土をもち、GNH(国民総幸福量)最大化をめざす独自の政策理念などで「幸福の国」として知られる。首都はティンプー。千葉工業大学ブータン伝統住居集落実測調査団2009〜2015調査対象地。千葉工業大学調査団の成果書籍『ブータン伝統住居』は第4巻まで刊行されている。ブータン王国政府公共事業省との共著。古市徹雄教授(当時)、遠藤政樹教授の建築意匠2研究室、また小泉俊雄教授・川崎英明非常勤講師の測量研究室による。第4巻では筆者も景観研究室として参加。日本からブータンに持ち込む機材は約200 kg。飛行機に載せるにあたり、標尺など長いものやバッテリーなどエアラインに確認・調整が必要なものもあるが、測量研究室の学生が中心となって重量と荷姿および内容物の員数管理を担当する。空港にて。 ブータン伝統集落にはその土地で生きる知恵と記憶が埋め込まれている。これを何とかつかまえることができないかと、仲間や学生とともに毎年通い、調査を行なっている。 きっかけは、私が千葉工業大学に着任した年、世界的建築家・都市設計家である古市徹雄教授(当時)率いる千葉工業大学ブータン伝統住居実測調査団に参加させてもらったことである。そこですっかり魅了され、古市教授退職後は後任団長として、住居単位から集落全体に調査範囲を広げ取り組んでいる。土木、建築、造園分野で空間の計画やデザインに携わる研究者や実務家が仲間となり助けてくれ、その専門性と先端技術をいかし、成果をあげてくれている。学生も熱意と責任感をもって取り組み、帰国後は目の輝きが変わる。近代化とブータン 独特の風土に育まれた生きかた、環境共生の知恵、その紐帯となる風景の共有は、人々のアイデンティティの根幹に関わり、そしてそこで育まれる価値観は、将来選択に大きな影響を及ぼす。 しかるに、今ブータンでは急速に近代化が進み、人々の生活が物心両面で大きく変容しつつある。これに対し、ブータン政府は、伝統集落のかたちとこころが失われずに受け継いでいかれるよう、環境と共生する持続的な生きかた・自律的な地域づくりに取り組もうとしている。その際、具体的な地域の将来計画をつくるには、基礎調査が必要だが、ブータンの多くの集落で未だ行われていない。ブータン中部トン集落での共同調査 昨年度の調査ではブータン中部シェムガン地方のトン集落をブータン政府公共事業省と共同調査した。トン集落は、12世紀に建立されたシェムガン・ゾンの門前にある。ゾンは城塞、寺院、行政府の機能を併せもつ独特の施設である。このゾンは要害の地にあり、西、南、北の三方が急斜面で切れ落ちる。東に続く尾根の上にトン集落は立地する。その立地標高1,900〜1,950m付近では、尾根は他の部分よりも幅が広く、稜線勾配も緩い。 尾根両側の斜面下には集落住民の農地がある。南側は、尾根天てん端ばの肩からすぐ始まる約45°の急斜面であり、これを200mほど降りた下に棚田がある。北側は、傾斜15°前後の広い斜面となっており、そのやや下寄りに畑や棚田がある。またこの斜面には、主要交通路であるマンデ・チュ川のV字谷を通る国道からのアプローチ道が通っている。この道は斜面を折り返しながら登りゾン門前に至る。その沿道は施設や商店などが立ち並び、一帯はかなり都市的な土地利用となりつつある。 集落内は住居が2列に並び、その間に中央の通りがある。中央通りは有機的な空間構成であり、住居が建つにつれ形成されたと思われる(写真)。建物はブータン中部でよくみられる石造と木造の混構造であり2階建てが多い。家々は近接して軒を連ね、壁を共有する住居もある。共有壁をもつほどの密集形態はブータンの中でも珍しい。 2014年、トンを行幸したブータン国王陛下よTraditional Bhutanese Housesブータン伝統住居Survey and Research ReportMinistry of Works and Human Settlements, BhutanChiba Institute of Technology, Japan千葉工業大学 建築都市環境学科 ブータン伝統住居実測調査団古市徹雄 • 小泉俊雄 • 遠藤政樹 • 川崎英明 • 修士学生Art Design PublishingADPLIVINGSTORAGESTORAGECOURT YARDブータン王国 建設省ブータン伝統住居Traditional Bhutanese HousesSurvey and Research Report尾根上の門前集落・トンの中央通りの美しく緊密なシークエンス(撮影:小野寺康)。3次元デジタル・アーカイヴ(データ作成:川崎英明)。まるで写真のように見えるが、下の2枚は3次元色付点群データである。これでPCの中の3次元デジタルモデルのトン集落をいつでも訪れ、上空から集落を眺め、集落内を散策し、寸法や角度などを計測できる。写真下はその計測例。これら大容量データは、解析完了後すぐに大学のクラウド・ドライブでブータン政府と共有。50003000200010005000標高 (m)パロティンプーシェムガン50003000200010005000標高 (m)パロティンプーシェムガンブータン王国
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