FIELD PLUS No.17
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23FIELDPLUS 2017 01 no.17ジネス」とも呼ばれる、私立大学の乱立状況が指摘されている。 事件の後、実行犯の若者の経歴が明らかになるにつれ、家族と疎遠になり、無機質なキャンパスで孤立感を募らせてゆく学生に対し、テロ組織がイスラームの教えを巧みに用いて勧誘する経緯が明らかとなった。行方不明の学生は、168人とも報道された。 7月10日には、政府与党の幹部は、私立大学にテロに勧誘される若者が多いことを非難すると、対応策を講じるように求めた。12日には、教育大臣ヌルル・イスラム・ナヒドが、キャンパスで孤立する学生の問題を指摘し、当局に対応を要請した。ダッカ大学の名誉教授シラジュル・イスラム・チョウドリは、歴史や文化を教えない私立大学はイスラームの宗教学校と同じだと、講演で訴えた。テロを防ぐための大学での取り組み もちろん、テロの背景は様々で、大学に関する問題はその要因の一つに過ぎないだろう。 事件の後、すぐに政府はテロとの対決を宣言すると、対テロ部隊を強化し、治安対策を講じている。インターネットの普及で、ISILなどのグローバルなテロ組織の影響が、たやすく若者に及ぶようになったことも事件の背景にある。汚職や政治的混乱が広がり、社会の価値基準が見えにくい中で、不満や孤立感を抱える若者が過剰な正義感を募らせてゆく、という状況も指摘される。何よりも、与野党の対話がますます困難となる中で、政府批判を行っていたイスラーム政党の活動が抑圧されて地下に潜り、結果的に武装闘争が過激化する、という悪循環が指摘される。 ただ、今回の事件をきっかけに、ちょうど日本でオウム真理教事件が起きた時のように、高学歴のエリート学生が、なぜたやすくマインド・コントロールされ、テロに加担したのか、という議論が起きたことは印象的であった。大学をビジネスと見なす大学経営者や、実学に特化した新自由主義的な教育の在り方が批判の的となり、目先の実利には結びつかなくとも、長期的な視野や幅広い見識を養う教養科目が見直され、歴史や文化を教える人文学系の教育科目の必修化が呼びかけられた。もちろん、そこには時の政権による、自国文化の称揚を通したナショナリズムの鼓舞やイスラーム主義へのけん制という意味はあるとしても、その議論は、どこかで現在の日本の大学の問題にも、通底するように思われたのである。 事件のひと月後、政府の学術振興政策をつかさどる大学助成委員会の議長アブドゥル・マンナン教授は、テロに対抗する意識を高めるために、バングラデシュのすべての大学の学生や教員、関係者に、8月1日を期して、各キャンパスを取り囲みテロに抗議するための、啓発の集会を行うように呼びかけた。 8月1日、ナヒド教育相は、バングラデシュの独立を象徴する医科大学前の広場での集会に参加すると、次のように演説をしている。 「バングラデシュの教育機関では、自国の文化や遺産や歴史が教えられるよう指導されなければならない。それができない教育機関は、生き残ることができないだろう。」本稿の作成に当たり、現地の様々な報道記事を参照した。出典の詳細は明記しないが、その主なタイトルは以下の通り。Bangla Tribiun; Bdnews24.com; The Daily Observer; The Daily Star; Dhaka Tribune; New Age; Protham Alo など。ダッカの名門私立大学、ノース・サウス大学のキャンパスの風景。大学の複数の関係者が事件に関与していたことが判明し、改革が求められている。(2016年3月22日、Moiyen Zalal Chowdhury撮影) ノース・サウス大学のラウンジ風景。中央右手が筆者。(2016年3月22日の招待講演にて、Moiyen Zalal Chowdhury撮影)高層マンションが立ち並ぶグルシャン地区の路上にて。渋滞して車が止まると、何処からともなく物乞いが近づいてくる。(2016年8月8日、筆者撮影)ラデシュの関係者に衝撃を与えたことのひとつは、実行犯の多くが富裕層の若者であり、名門の私立大学生が含まれていたことであった。 これまでバングラデシュでは、農村部の貧困や教育の遅れを背景に、政府の支援が届かない子弟にイスラームの教えを施す私設の学校であるマドラサが拡大し、それがテロの温床にもなっているとされてきた。 しかし、今回の事件では、エリート大学の富裕層の若者がテロ組織に勧誘されていたことが分かり、それは現地でも予想外の出来事として報じられた。内務大臣アサドゥッザマン・カン・カマルは、大学でのサークル活動のように、キャンパスでテロ組織の誘いに安易に乗ってしまう学生の様子に触れると、「テロの戦闘員になることが、まるでファッションになっているようだ」と述べている。急増する私立大学と教育科目 現在、バングラデシュでは、急速な経済成長と若者への教育の拡大にともない、大学の建設ラッシュが続いている。特に、旧態依然とした国立大学に代わり、清潔で近代的な設備を整え、経営学やITなどの実学を中心に、欧米のカリキュラムを取り入れた、英語で授業を行う私立大学が、富裕層の子弟の受け皿として人気を集めている。今回の実行犯や関係者の一部が関わっていた私立大学は、その先駆けとして1992年に創立された名門校で、その後、私立大学が乱立し、現在では94校を数えている。 このような私立大学は、近年ではひとつのビジネスとも見なされ、高い授業料の対価として設備を充実させ、たくさんの学生を集めて効率的な経営を目指してゆく。その結果、手間暇のかかる人文学系の教育科目は、おざなりにされる傾向にあった。ダッカ大学の社会学者サデカ・ハリーム教授は、このような私立大学のカリキュラムを批判すると、「市場を向いた大学教育が、学生の創造的な可能性を奪っている」と指摘し、経済学者アシュクル・ラフマン博士は、「私立大学は、まるで学生を『工業製品』と見なしている」と批判する。その背景には、「学位ビ

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