FIELD PLUS No.17
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21FIELDPLUS 2017 01 no.17慶尚北道(Gyeongsangbuk-do)、慶尚南道に隣接している全羅南道、慶尚北道に隣接している江原道へ調査地点を広げ、アクセント特徴や体系の異同等を記述している。インフォーマントを探す 調査は、釜山方言と同じオリジナルの資料を使用し、名詞項目・複合名詞・用言項目に分けて、読み上げ式で聞き取り調査を行うが、場合によっては短文を作ってもらう。調査の途中でも方言形を追加したりしながら、各方言の資料を調整していく。 フィールドワークの最初の頃は、調査に協力してくれる方言話者を、友人・知り合いを通して紹介してもらったが、徐々に現地の役所の協力を得て、生え抜きの話者を紹介してもらうようになった。なお、話者は古いアクセント特徴を保っていることが期待できる高年層を中心に、なるべく60代から70代の男性の紹介をお願いしている。女性の場合は他の地域から嫁いできたケースが多いからである。 各地域の役所には、文化院・文化観光係という部署があり、その地域の観光・文化・歴史の記録を担当している。この担当部署と事前にコンタクトを取り、2人~4人の話者を紹介してもらう。15分程度のインタビューを通して最も調査に適している1人~2人の話者に協力をお願いし、後に話者の自宅を訪問するか村事務所の一室を借りて調査を行う。 しかし、方言調査、特にアクセント調査について理解してもらうのはなかなか難しく、担当部署から協力を拒否されることも多い。この場合は、村の老人福祉会館を直接訪問し、そこの年配の方とコミュニケーションを取りながら、話者の情報等を得たり、話者として協力してもらったりする。調査の難しさ これまでフィールドワークを行ってきて、幾つかの難しさを感じてきた。まずは、調査の趣旨を理解してもらうことがなかなか難しい場合がある。一般の人達は、「方言=語彙の方言形」と結びつけて考える傾向があり、そのような知識はあまりないと最初から断られることもある。アクセント調査についてはなおさらであり、馴染のある(語彙の)方言形から発音してもらいながら、徐々に調査の趣旨に沿った方向に誘導する。 良い話者に出会うことも難しいが、長く調査に付き合ってもらうことはさらに難しい。1、2回の調査には応じてもらえるが、その次から連絡が取れなかったりして断られることも多い。過去には、調査の途中からいなくなり、連絡が取れなくなったケースもあった。調査は人を相手にすることなので、やはり難しい。 次に、一か所の調査は5日~7日間を基本として、3回~4回程度に分けて行っている。そのため、現地で宿を決めなければいけないが、韓国の田舎には、観光地を除けば、きちんとした宿泊施設がない所が多い。その場合は、市街に宿を決め、バスかタクシーで移動するようにしている(地元のタクシーの運転手は、その地域の情報に詳しく、話者についての情報が得られることもあり、良い情報源である)。また、食事付きの宿泊施設がまずないので、町の食堂等を利用するが、混む時間帯は1人の客は断られる場合が多いため、時間をずらして食べるか、簡単に済ませる時が多い。 最後に、調査の分析だが、調査の時からアクセント特徴を把握し、適切な質問をしながら進めなければいけない。しかし、聞き取りを間違ったり、アクセント特徴を正しく捉えなかったりした場合は、アクセント体系の解釈やアクセント規則の例外も多く現れる。慶尚南道の密陽(Miryang)方言の場合は、数回の追加調査を行い、アクセント体系を4回解釈し直した。 フィールド調査は、今も毎回緊張する。話者との交流 調査を順調に進める上で、話者との付き合い方には十分気を付けなければいけない。なるべく迷惑にならないように話者の都合に合わせているが、相手側も気を使ってくれることが多い。田舎では5と7が付く日には地元の市が立つが、時々誘われて一緒に行くこともあり、島嶼部で町内の祭りに誘われてもてなされたことは、今も感謝している。田舎の食堂の環境等により朝食は食べない時が多いが、ある時は断りきれず話者宅で朝食をごちそうになったことがあった。鶏のスープが出されたが、鶏の頭が丸ごとお椀の中に入っていて困ったことを覚えている。今後のフィールドワーク 韓国国内のアクセント研究は、声調論の立場から、中期朝鮮語(15世紀~16世紀)の声調と現代諸方言との対応関係に注目した記述研究が多い。中期朝鮮語の多くの文献には、各音節の高低が「傍点」で記されていた。無点が平声(低い音調)、1点が去声(高い音調)、2点が上声(最初が低く後が高い上昇調)を表すが、現代語においてはその対応関係が方言によって異なる。そのため、かなり抽象化された声調型を立てて(基底の声調型)、各方言は規則によって実現される音調型(表層の音調型)が異なるという研究が中心的である。その点、日本におけるアクセント研究とは型の認定や解釈などで大きく異なっている。 今までの研究は、諸方言のアクセント体系の解明が中心的であったが、その他の詳細(複合動詞、派生語、混成語等)については記述がまだまだ足りず、今後の課題が沢山残されている。1日4時間しか日が当たらない炭鉱町(江原道太白)。話者の自宅から眺めた風景(慶尚南道)。炭鉱のほとんどが廃鉱となり、銅像だけがその象徴として残っている(江原道太白)。韓国の味噌玉のメジュ。釜山港の風景。ソウル済州道慶尚道江原道慶尚北道釜山慶尚南道蔚山密陽統営忠清北道忠清南道京畿道全羅北道全羅南道忠清道全羅道

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