20FIELDPLUS 2017 01 no.17韓国語諸方言のアクセント 現代の韓国語諸方言には、日本語と同じように高さ(ピッチ)によって意味が区別される方言がある。 (例)kaci(茄子);kaci(枝) 低高 高高 慶尚道(Gyeongsang-do)、全羅南道(Jeollanam-do)の一部、江原道(Gangwon-do)等がアクセント型の対立がある地域として知られており、ソウル、全羅道(Jeolla-do)の 一部、忠清道(Chungcheong-do)等が一定の音調パターンはあるものの型の対立はない(一型アクセント)地域であるとされる。型の対立があるアクセント地域は、それぞれの地域によってアクセント特徴が異なる。たとえば、慶尚南道(Gyeongsangnam-do)は、釜山(Busan)・蔚山(Ulsan)を含めて10市・10郡の自治体があり、さらに邑(町)・面(村)・洞(町内/街区)・里(集落)のように細かく行政区域が分かれているが、同じ面の中でも異なるアクセント特徴が現れたり、異なる郡であっても同じアクセント特徴が現れたりする。私は今までの調査により、これらの地域のアクセント体系を明らかにしつつ、相容れないとされてきた「アクセント核と語声調が一つの体系内に共に存在しうる」という理論の一般化を図るための記述研究を行ってきた。 アクセント核(下げ核)は、次を下げるという弁別特徴を意味し、核があるかないか、あればどこにあるかが問題になる(例:東京方言は、「飴」〔低高〕に対して「雨」〔高低〕と「花」〔低高〕は、それぞれ1拍目の「ア」と2拍目の「ナ」にアクセント核があり、その次の拍が下がる)。語声調とは、中国語の四声のように「音節」に被かぶさる声調ではなく当該単位(形態素、単語等)に被さる声調(形)のことを意味し、その単位にある声調はどれかが問題になる(例:鹿児島方言では、文節末から2番目の音節が高く発音される声調(形)と、文節末の音節が高く発音される声調(形)の2種類が区別されている。「飴」〔高低〕/「飴が」〔低高低〕対「雨」〔低高〕/「雨が」〔低低高〕)。「位置」が弁別的なアクセント核と「形」が弁別的な語声調とは性質が異なるため、同一言語体系内で共存することはないとされてきた。この解釈は、韓国語の諸方言のアクセント研究にも用いられたが、アクセント核のみ、もしくは語声調のみの解釈では複合語のアクセント規則の説明に不都合が生じるなど、その体系の解釈を巡って論争があった。 私はこのような研究に対して、韓国語の慶尚南道諸方言を取り上げ、どの方言のアクセント体系もアクセント核のみ、もしくは語声調のみでは解釈できず、アクセント核と捉えられるものと語声調と捉えられるものが一つの体系内に共に存在していることを主張した。これは慶尚南道諸方言のみならず、他の方言においても言えることと考えている。調査地点 私は、韓国の釜山出身なので、私自身の方言のアクセント記述を最初に行った。自分の発音(内省)に基づき、名詞単独の特徴、助詞付きの特徴、用言の活用時のアクセント特徴、語形成(複合名詞・派生語・外来語等)におけるアクセント特徴や規則を記述した。 (例)名詞単独・助詞付きのアクセ ント特徴 irɨm(名前) irɨmi(名前が) 高低 高低低 param(風) parami(風が) 低高 低高低 kurɨm(雲) kurɨmi(雲が) 高高 高高低 saram(人) sarami(人が) 低高 低高高 その後、2003年から慶尚南道の他方言の実地調査を行うようになったが、最初の調査地域は慶尚南道の西部に位置する統営市(Tongyeong-si)とその周辺の島嶼部だった。この地域を最初の調査地点と決めたのは、大学時代の友達の中に統営市出身の人がいて、彼の話す言葉・抑揚が釜山のそれと似ていながらもどこか異なると感じていたことを思い出し、その違いは何だったのだろうという疑問からだった。 慶尚南道のほとんどの市・郡のアクセント特徴を記述するつもりでフィールド調査を行い、満足な資料が得られなかった所も多いが、そのうち、11か所のアクセントを取り上げ、博士論文にまとめた。その次は、韓国の方言は音韻・語彙・文法の面で、研究者によって多少異なるものの、中部方言(ソウル地域、江原道、忠清道)、東南方言(釜山を含む慶尚南道、慶尚北道)、西南方言(全羅南道、全羅北道)、済州方言(済州道)に分けられる。私は、2003年から慶尚南道を始め、慶尚北道・全羅南道・江原道等のアクセント調査を行ってきた。フィールドノート 韓国語諸方言のフィールドワーク姜 英淑 かん よんすく / 東海大学、AA研フェロー、AA研共同研究員簡単なインタビューを行い、調査協力をお願いする(町内会議の時に集まった方を対象に)。聞き取り調査を行っている様子(話者の作業室にて)。5と7が付く日には地元の市が立つ。
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