15FIELDPLUS 2017 01 no.17現地調査を強制終了される憂き目にあった。 とりわけ印象に残っている調査現場は、ブータン北部のルナナ地方である。そこでは、1994年に巨大なルゲ氷河湖のモレーン(氷河によって運ばれた岩屑が氷河の周りに堆積した堤防状の地形)が決壊して洪水が生じ、21名の犠牲者がでていた。筆者らの調査隊は、その洪水の4年後に訪れたわけだが、氷河湖が決壊した際に出た真っ白な洪水堆積物が川幅一面を覆っている様は、それがすさまじい破壊力をもった洪水であると認識するのに十分だった。同地方のラフストレン氷河湖に小さな二人乗りのゴムボートで漕ぎ出して水深を計測したところ97mもあった。調査したルナナ地方をはじめブータンやネパール東部の東ヒマラヤ地域には全長1~2kmほどの巨大な氷河湖が多く存在する。これらのほとんどは、1960年代よりデブリ氷河上に出現した小規模な氷河湖が連結して拡大していったものである。氷河湖をせき止める巨大なモレーンが決壊して生じる氷河湖決壊洪水は、1980年代~1990年代に生じ、世界的にも大きなインパクトを残した。こうした背景があり、当時の調査隊はブータン政府の協力のもと実現したものだった。モレーンが決壊せずに出水する 一方、私のメインフィールドである中央アジアの天山山脈では、出水する氷河湖のほとんどは、数ヶ月間~1年間に突然出現・出水する短命氷河湖と呼ばれるタイプである。短命氷河湖との出会いは、2008年7月24日に出水した、クルグズスタンのイシク・クリ湖南岸のテスケイ山脈にあるズンダン西氷河湖だった(前頁左上画像参照)。出水の3日後に現場を訪れると、モレーンは壊れず変化のない状態であったが、モレーン内部に大きなトンネルが見つかった。GPSで氷河湖周辺を測量して湖盆の体積を測ると、45万m³の水がトンネルを通って出水したことがわかった。調査から帰国後、1年前の衛星画像からこの湖の形成過程を調べてみると、湖はどこにも存在しない(前頁右上画像参照)。さらに年月をさかのぼっても同じである。ズンダン西氷河湖は、いつできたのだろうか? 出水した同年の5月の画像では水たまりほどの小さな池が確認でき、7月の時点では巨大な湖が存在していた。つまり、この氷河湖はわずか2ヶ月半の間に45万m³の水を溜めて、出水したのである。45万m³とは小学校の25mプールの1000倍以上の体積である。これまで、ブータンの氷河湖決壊洪水しか見ていなかった私にとって、洪水の出現が、モレーンの決壊ではなく、氷のトンネルからの出水であったり、短期間で氷河湖が出現したりしたことは衝撃的だった。東ヒマラヤの氷河湖は、モレーンが決壊すれば水がまた溜まることはない。短命氷河湖は、アイストンネルが封鎖されれば何度も氷河湖ができるのである。この地域の過去の洪水の文献記録によると、1970年代に同じ氷河湖から連続して出水している年があり、この謎が解けた瞬間だった。歩いた後に遺すもの 現場を歩いた後、自分が遺せるものはあるだろうか? 最近は、これまで蓄積したデータを地元住民に伝える取り組みをはじめている。よそから来ていろいろ調査するのはいいが、現地のために何をしているんだ?と言われたことがきっかけだった。 筆者のフィールドでは、先に述べた短命氷河湖からの出水がたびたび生じ、河川周辺で暮らす家屋や農地は被害を受けている。これまでの衛星画像による調査で、天山山脈には1600ほどの氷河湖が確認されたが、住民の多くはその存在を把握していないし、短命氷河湖の出現など知る由もない。晴れた日になぜ洪水がやってくるのか? 災害の素因となりうる「社会の防災力」を向上させるため、地域住民を対象に氷河湖ワークショップをはじめた。もう一つの調査地域であるインド北西部のラダーク地方はチベット仏教の信仰が強く、よそ者を警戒する地域であるため、村の長とよく話して相互理解に努めなければいけない。2012年5月にラダーク山脈のドムカル村では120人を集め、2015年7月にギャ村では140人の村人や政府関係者が参加したワークショップが実現した。ドムカル村での成果は、2014年に氷河湖洪水が起きたギャ村の人々にも知られており、訪れた際には歓迎を受けた。クルグズスタンのジェル・ウイ村でも2015年8月にワークショップを開催し、80人の村人や政府関係者とともに現状の問題点について話し合った。現地語の冊子を同時に配布して共通理解に努めたが、まだまだたくさんの課題がある。この二つの地域の反応はかなり異なっており、ラダーク地方では、洪水の誘因を宗教的な考え方で主張する人がいる一方、多くの村人が自分たちで対応しようとする自助・共助の意欲が感じられた。他方、クルグズスタンのジェル・ウイ村では行政の対応を求める要求が強く、緊急対策省のスタッフに対する住民の不満は強烈だった。これはソ連時代のソフホーズやコルホーズの公助の意識が強い文化の名残りかもしれない。フィールドで現場を確かめデータを蓄積する活動を今後も続け、地域住民に伝える仕組みをつくり、災害軽減への貢献につなげていきたい。ラダーク山脈のドムカル村での氷河湖ワークショップの様子。2012年5月撮影。クルグズスタンのジェル・ウイ村でのワークショップの様子。2015年8月撮影。ジェル・ウイ村でのグループディスカッションにおける発表の様子。2015年8月撮影。氷河湖ワークショップで熱心に説明に聞き入るドムカル村の村人たち。2012年5月撮影。中国中国ブータンブータンネパールネパールインドインドクルグズスタンクルグズスタンザラフシャン氷河タジキスタンタジキスタンパキスタンパキスタンザラフシャン川イシク・クリ湖ラフストレン氷河湖ラフストレン氷河湖ズンダン西氷河湖アルマトゥアルマトゥビシュケクビシュケクジェル・ウイ村ジェル・ウイ村レーレーギャ村ギャ村トンサトンサパロパロティンプーティンプードムカル村ドムカル村ラダーク山脈ルナナ地方ネパールネパールインドインドイシク・クリ湖ラフストレン氷河湖ラフストレン氷河湖ズンダン西氷河湖アルマトゥアルマトゥククジェル・ウイ村ジェル・ウイ村レーレーギャ村ギャ村トンサトンサパロパロティンプーティンプードムカル村ドムカル村ラダーク山脈ルナナ地方CCータンータンタンタンラフストレン氷河湖ラフストレン氷河湖ーーャ村ャ村トンサトンサパロパロティンプーティンプールナナ地方
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