5FIELDPLUS 2016 07 no.16ると予想されている(表参照)。 具体的にみてみると、最大の市場はイスラーム金融産業で、その規模は約1.8兆米ドルである。従来の銀行利子に異を唱えてイスラーム銀行が誕生したが、この考え方は保険や債券(国債や社債)などにも広がっている。1兆米ドルを超えるもう一つの産業が、ハラール食品産業である。ムスリムが飲食可能な条件を満たした飲食物を提供するハラール食品産業は、食品加工、惣菜、レストラン、ケータリングなどを含んでいる。 他にもホテル、土産物、観光施設、交通機関などの観光産業、ファッション産業、メディア・レクリエーション産業、医薬品・化粧品産業などがそれぞれ1,000~2,000億米ドル程度である。このうち医薬品は主にカプセル錠を指す。カプセルにはブタ由来のゼラチンを使用しているものが多いため、ムスリム向けに植物由来成分を使用したカプセルが開発されている。またメディア産業のうち業績が伸びているのが、スマートフォン向けアプリである。GPS機能で最寄りのモスクやハラール・レストランを検索するアプリ、1日5回の礼拝時間とメッカの方向を知らせるアプリなど、ムスリムの生活をサポートする多様なアプリが登場している。シャリーアの遵守 イスラームに基づく商品・サービスといった場合、何をもってイスラームに適っているとみなすか、あるいは反しているとみなすかは、シャリーアのどの規定を根拠とするかや、イスラーム法学派や各地域の伝統、非イスラーム文化圏との接触の程度などに左右される。この典型例が女性のヴェールだ。クルアーンには、24章31節に「外に現れるもののほかは、彼女らの美を現してはならぬ。それから、ヴェールをその胸の上にたれよ」とあるのみで、体のどの部位をどのような服で隠すかは明記されていない。そこで、ヴェールの色や形状、体のどの部位を覆うかに地域差が生じる。各地のムスリムは、いずれもイスラームに則ったファッションであると自認しているが、その形状に差があることは歴然である。 他方、化粧品では、シャリーアの遵守といえばブタ由来のコラーゲンやアルコール成分など、主に原材料の適性にメーカーの関心が向けられている。この点はハラール食品と共通するものの、化粧品独自の問題として、使用したまま行う礼拝の有効性が問われる。礼拝前には手足を水で洗い清める行為(ウドゥー)を適切に行う必要があるが、防水性の高いマニキュアを塗ったままでは水を弾き、爪先が洗浄されない。これは適切なウドゥーを行った状態とはみなされず、この状態での礼拝は無効となる。そのため、ハラールとされるマニキュアであっても、それは原材料がハラールであるという意味であって、礼拝に適切なマニキュアという訳ではない。このように「イスラームに基づく」という言葉の意味や対象・範囲を巡り、メーカーやイスラーム法学者、ムスリム消費者の間で認識の相違が生じるケースもある。ムスリムと非ムスリムの共生を目指して イスラームに基づく商品・サービスのあり方とそれをめぐるムスリム消費者の反応というイスラーム諸国の内部の動きをみてきたが、非ムスリムの間では、自分たちの周辺でムスリムが独自の商品・サービスを開発・利用することに対して否定的な態度と肯定的な態度の両方がみられる。 欧州でみられる否定的な態度としては、①ムスリムのと畜方法が「残酷だ」として批判される、②あるレストランがベーコン料理をメニューから外したところ「ベーコン料理を食べる権利を奪われた」とのクレームがつく、③ムスリム難民への炊き出しの際にブタ肉を故意に混ぜた、といった出来事がメディアをにぎわしている。この背景にはイスラモフォビア(イスラームへの嫌悪感)があり、ムスリムの生き方が知られるようになるにつれ、逆手に取った嫌がらせが発生してしまっている。 他方、これらの商品・サービスに好感を抱いている日米欧の非ムスリムもいる。ハラール食品は、添加物の使用が控え目で原材料の産地などトレーサビリティ(追跡可能性)が確立しているとして、安全な食品との印象を持つ者もいる。化粧品に対しても、アルコールや化学成分を控えていることから、自然環境に配慮する自然派志向や社会性・倫理性を重視するエシカル志向の女性に人気が高い。 ムスリムは、信仰する宗教の教えに従い、またアイデンティティーの表出の手段として、イスラームに基づく商品・サービスを消費している。これらを提供しているのは必ずしもムスリムだけではなく、欧米や日本の企業であっても商品・サービスの内容がシャリーアに適っていれば市場参入が可能である。大規模なビジネスでムスリムと非ムスリムによる共生が生まれつつある。フィリピン・マニラのモスクにほど近いハラール料理のレストラン。ムスリムたちが集う場となっている。マレーシアの中央銀行。世界のイスラーム金融を牽引している。マレーシア・クアラルンプール。イスラームに基づく商品・サービスの市場規模(Thomson Reuters, DinarStandard(2015),State of the Global Islamic Economy Report 2015/16を基に筆者作成)。産業市場規模(単位:10億米ドル)主要市場主な商品・サービス2014年(実績)2020年(予想)ハラール食品産業1,1281,585マレーシア、パキスタン、UAE食品加工、飲料、レストラン、ケータリングイスラーム金融産業1,8143,247マレーシア、バハレーン、UAE融資、預金、保険、証券、債券観光産業142233マレーシア、UAE、シンガポールツアー旅行、ホテル、交通機関ファッション産業230327中国、UAE、イタリア服、ファッションショー、雑誌メディア・レクリエーション産業179247シンガポール、UAE、レバノン書籍・雑誌、メディア、スマートフォンのアプリ医薬品・化粧品産業129186シンガポール、エジプト、マレーシア薬、化粧品合計3,6225,825
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