FIELD PLUS No.16
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27FIELDPLUS 2016 07 no.16図5 図4の和歌を記すひらがなをいまの漢字に直せば、「加良(衣)幾徒〻奈礼尒之徒末志安連八者類ゝゝ幾奴留堂比越之楚(思)不」(なお、画像内太字および括弧内( )は漢字)となり、「から衣きつ〻なれにしつましあれははるゝゝきぬるたひをしそ思ふ」と読む。「堂」で「た」と読むのは、古代の音読みは「だう」という音に近かったからだ。らがなは、カタカナとときと場を近くして生まれたものなのですが、漢字の全体を略してゆく行書体や草書体というものを鋳なおして、日本語を書く目的に飼い慣らしていくことで成立したものです。それゆえ、鋳なおされたかなにも、漢字を使って日本語を表記していた初期の段階の痕跡が残っていて、ひらがなにあっては、それは「同じ音だからといって同じ文字を使うとは限らない」というものでした。この痕跡は、1900年前後にひらがなが整理されていまの47字になるまで残っていました。 さらにひらがなが複雑なのは、漢字の崩した書き方である行草体を出発点にしているという点です。行草体は、偏旁などの部分を一筆に省略する書き方で、どの部分がどのていど省略されるかによって、同祖異形字が多種発生します。また、省略された部分をさらに省略することもあり得るので、事情はさらに複雑です。さらに、ひらがなとして成立したあとも、さらに省略したり、変形したりすることもあるのです(図1)。こんなことで、ひらがなを数えることはできるのでしょうか。「ひらがなは何文字あるのか」という問いはいかなる問いだろうか そもそも、これはどのような問いなのでしょうか。この問いは、ひらがなが数えられるものであり、また、数えきれるものである前提がなければなりません。これまでの研究では、とくに前者に対して否定的でした。そのいいぶんはこうです。「ひらがなは、漢字を崩したものなので、崩し方の程度で無限のバリエーションができるため、数えることは原理上できない。また、もととなる漢字はあるていど共通するが、どんな漢字もひらがなとして使えるので、数を究極的には限定できない」。 この意見は、まったく根拠のない説だとはいえませんが、あまりに完璧主義的で、極端すぎるものではないかと考えています。これまでの多くの研究では、「字母」と呼ばれるものを中心にひらがなを捉えています。字母というのは、図2に示すように、あるひらがなのもととなった漢字のことです。しかし、図2では字母は楷書体で示されています。さきほど、ひらがなは行草体を出発点としているといったことを踏まえれば、楷書体から崩していってかなができたように説くのは、いささか奇妙ではないでしょうか。図2の著者は、楷書体の漢字からなだらかにかなができていく図は歴史を示すものではなく、「模式図」だとは断っていますが、だんだんと、そのような方便ではなくて、本当の歴史のように思えてきたということではないでしょうか。 さきにも述べたように、行草体は、漢字の構成要素を一筆にまとめてしまうもので、ゲレンデの斜面のようになだらかに崩れていくというよりは、モーグルの「こぶ」のように、でこぼこと崩れてゆくと見るほうが的確です。図3は、そのような「こぶ」の例です。たしかに中間的な例もあるにはあるものの、そのようなものは少ないことが見て取れます。こうして見ると、なめらかな変化を想定して、数え上げられないとしてきた既存の研究はひらがなの実態に合わないといえます。 そもそも、字母でひらがなを数えることには、「からだとことば」の観点が欠けています。これは、昔のひとびとが字母でひらがなを認識し、かつ、なだらかな変化を認識できていたという理論的含意を持ってしまうわけですが、光の周波数の遷移にすら色のちがいとして段階を見いだすひとが、そのような無段階に変化するものに段階を見いだすことなく扱えるとも思えません。また、字母を同じくする同祖異形字であっても使い分けている例があったり、ひとくくりに同音字といっても、字によって対応する音が変ったりするのを見るに、ひとの認識能力やことばとの対応関係から、つねにひらがなを捉えなおすことが必要なのです。ひらがなの字数のさきに そのようなわけで、現時点では、ひらがなが具体的に何字あったのか確定できていません。しかし、ひらがなを数えるという試みは、なにをひらがなの一字一字と考え、なにをひらがなの中心と考えるかというモデル、それによって幾様にも数えられてゆくべきものであり、幾度も数えなおされるべきものであると考えています。 この試みは、さらには、「からだとことば」の臨界に迫るものです。世界にはいろいろな文字がありますが、ひらがなのように複数の文字が複雑にことばを載せている例はあまりありません。そういう意味で、ひらがなの研究は、ひとが文字を扱うことの限界を探る試みへと発展してゆくものなのです。 衣思

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