24FIELDPLUS 2016 07 no.16写真1分解清掃中のビルマ文字タイプ(左)とチベット文字タイプ(右)(2013年11月)。図版1デーヴァナーガリー文字の母音表記の例(『図説アジア文字入門』16頁より)。 所内でもほぼガラクタ扱いのタイプライター。私も当初、専門とする言語のものではないため、どの程度貴重な機械なのか認識していなかったが、一箇所に集めて素性を調べてみるとなかなか値打ちのあるものとわかった。数年のうちにこれらの技術遺産(?)を活用した展覧会ができないかという願望を持った。●タイプライターを直しておく 事前準備の予算が潤沢ではなかったので、二年にわけてタイプの整備と修理を行った。お世話になったのは、日本でほぼ唯一の専門業者「尾河商会」である。技師の方が来所され、一日かけて清掃と整備を行ってくれた。責任者としてこの作業に立ち会った所員は私だ。機械類は好きなほうなので、タイプが分解され、内部のメカニズムを実見できたのは嬉しかった(写真1参照)。 技師の方によれば、半数以上のタイプが使用可能、または一部の機構が稼働可能であることがわかった。後述のデーヴァナーガリー文字タイプ大型は、機構の一部が故障し、通常の欧文タイプのように「左→右」の入力ができない。しかしもともと和文タイプを改造したものであり、「上→下」という入力が可能だった(この機構がかろうじて残っていたため、後に、デーヴァナーガリー文字入力方法を解説する動画撮影が可能になった)。 タイプ修理は「完全に稼働するまで修理する」、「清掃と軽い整備のみ」という段階に分かれる。今回は(予算的にも、展示という用途的にも)後者の段階にとどめた。しかし専門技師や部品が残るうちに、可能な限り修理しておくのが望ましいのは言うまでもない。●タイプライターの工夫を学ぶ 展示品の中でもひときわ大きく、機構が複雑で、貴重な一品が、「和文タイプ改造デーヴァナーガリー文字タイプ」である。もともと日本でしか製造・販売されていない和文タイプライターを、二台だけ特注で改造したもの。そして現存するのはこれ一台。つまり世界唯一。どうしてこんなタイプライターが生まれたのか? それはインド系文字の特徴に起因する。 インド系文字は表音文字とはいえ、ラテンアルファベットのように、発音の順にほぼ直線的に文字が並ぶという単純なものではない。インド系文字の多くは母音-aを含む音節文字を「基字」とし、-a以外の母音を表わすときは母音記号が基字の上下左右に付く(図版1参照)。また子音が連続する場合など、基字を組み合わせた結合文字が使われる。基本的に26字(種)で事足りる欧文タイプと異なり、これらの複雑な文字を入力するには相当の工夫が必要となる。 この工夫の例をおおまかに説明しよう。デーヴァナーガリー文字タイプは、欧文タイプ改造型と和文タイプ改造型に大別される。前者はキーの数が限られるため「文字の重ね打ち」をする。タイプの改造は比較的簡単だが、結合文字の見栄えが悪い難点がある。後者は、もともと多くの文字種が打てる和文タイプを改造したものであり、母音記号を付けた基字や子音の結合文字が全て活字になっているので見栄えの良い文字を印字できる。ただし機構が複雑で、入力に熟練を要するのが欠点である。ちなみに今回は両種のデーヴァナーガリー文字タイプを展示できたので、両者の入力法の違いもご覧いただけたと思う。●タイプライターを並べてみる 企画当初、研究所内の「貴重品管理室」(荒川命名)に存在したタイプライター(「文字名+タイプ」で示す)は、小さい方から並べると、チベット文字タイプ、ビルマ文字タイプ、デーヴァナーガリー文字タイプ中型、ベンガル文字タイプ、ヘブライ文字タイプ、デーヴァナーガリー文字タイプ大型の6種だった。当初は配置についてあまり考えもなく、ケースに入れて展示室にランダムに置こうとしていた。 企画が進むうちに、所内の某所で小型のアラビ和文タイプ改造デーヴァナーガリー文字
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