FIELD PLUS No.16
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18FIELDPLUS 2016 07 no.16あそびを巡る困難 勤め先の大学で「遊び論」という講義を受け持っている。遊び、といういわば当たり前の言葉・現象を対象としているのだから、わかりやすそうだし、簡単に単位がもらえそう……そんなことをイメージして受講しようと思う学生も多いのかもしれない。たとえば写真1~8のようなやりとりの連鎖を観察すれば、写っている動物の行動や生態について詳しくない人であっても、たいていは「彼らは取っ組み合って遊んでいる」と述べる。それは正解であり、このことは遊びという現象にはたしかに直感的なわかりやすさがあることを示している。 写真の動物は、私たちヒトと同じ霊長目に属する動物の一種ニホンザルのコドモである。ニホンザルは下北半島から屋久島まで日本列島内に広く分布する霊長類で、私たち日本人とは歴史を通じて共存関係を続けてきたなじみ深い動物の一種である。 さて写真の取っ組み合いには、相手を「噛む」「掴む」といったサルの動作が含まれている。私はそうした動作の連続やその結果、あるいは生じている状況などを全体的に見て、「サルは遊んでいる」とたやすく判断できると述べたが、喧嘩の際に生じる「噛む」「掴む」と遊びの際のそれらとを、動作だけから弁別することは、実は大変難しい。 本稿では、この弁別の困難(不可能)さが、サルたち自身にとっても問題となりうるかどうか、ということに注目しよう。野生動物を対象とするフィールドワークをしていて、私がもっとも対象に近づけたと感じるのは、(遊びか喧嘩なのかが)私にとって判断が難しく感じられる現象は、実はサルたちにとっても判断が難しい場合があるのだと理解できたときに他ならない。遊びなのか喧嘩なのか事例とその解釈 分析の対象とするのは、私が長年調査対象としてきた野生ニホンザルの群れ「金華山A群」のサルたちの間で、2007年9月11日16時24分に観察された数十秒間のやりとりである(動画は以下から視聴可能 https://youtu.be/pnj91LzqHrM)。以下に出てくる、ラキ、フク、ララ、ハロ、アルト、そしてアリサといった単語はすべて対象としているサルの個体名である。サルの年齢区分では4歳までをコドモ、5歳以上をオトナとすることが多いため、この基準にしたがった。サル同士の微細なやりとりの内容を十分に理解するためには、彼らの行動についての予備知識が必要だ。場面の流れに沿って、知識を補いながら解釈を進めよう。[場面1]ラキ(1歳オス)とラキとは血縁のないフク(低順位オトナメス)が寝そべりながら取っ組み合いをしている。彼らと接触しつつラキの母親ララがハロ(低順位オトナメス)を毛づくろいしている。4頭から3メートルほど離れた場所で、アルト(1歳オス)とその母親アリサ(高順位オトナメス)が毛づくろいしている。 毛づくろいとは、霊長類においては、シラミなどの外部寄生虫を取り除く機能をもつと同時に、相手との仲をよりよくすることに用いられ、喧嘩後の仲直りにも用いられる。この場面のように母子間での毛づくろいは、もっともよく見られる、まことに平和な光景である。ラキとフクとの取っ組み合いは、両者が寝そべりながら、相手を掴み、噛む動作を継続させている点から、喧嘩ではなくオトナメスとコドモとの間の遊びであることが容易にわかる。 さてこうした状況で、毛づくろいを切り上げたアリサ、アルトの母子が行動を起こす。[場面2]アリサとアルトが並んで歩いて、取っ組み合いを続けているラキとフクに接近する。アルトがフクの背中に手で触れると、フクが寝そべりながら、接近したアルトに手を伸ばし、アルトの顔を掴み、さらに足を掴み、フクとアルトが取っ組み合いになる1。ラキは母親のララ、フクと接触したまま座る。アリサは四足で立ち止まったまま目の前の様子を見ている。 フクが接近してきたアルトに対して、手を伸ばし顔や足を「掴む」という下線部1の動作を行ったのは、直前までラキとの間で取っ組み合いの遊びが成立していたことの延長として、アルトに対あそぶ 3サルとサルの「取っ組み合い」遊びなのか喧嘩なのかサルにもわからない!?島田将喜しまだ まさき / 帝京科学大学取っ組み合いをする当人たちは、それが遊びだと了解しあっているのに、外部で見ている人に、喧嘩をしていると誤解された経験はないだろうか。サルの世界でも、母が我が子の取っ組み合い遊びを喧嘩と誤解することがある。金華山宮城県写真1:見る写真5:嚙む

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