FIELD PLUS No.16
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子どもと遊ぶ大人が見た遊びの世界マダガスカルにおけるフィールドワークから深澤秀夫ふかざわ ひでお / AA研マダガスカルの村において子どもも遊ぶ。大人も遊ぶ。そしてフィールドワーカーも遊ぶ。ひとつの場の中でそれぞれが遊ぶことは、共振や共鳴や反響を生む。遊びは互いを知ることのできるまたとない経験であり機会であった。シに歩かせる牛蹄脱穀をしたり、川や池で魚釣りをしたり、山にヤムイモやハチミツや野生動物を獲りにいったりと、1年2カ月の村落での生活は、東京生まれの東京育ちの人間にとって楽しい遊びに満ちていた。 1985年2月、次に来ることができるのは数年先か十数年先かはたまた一生戻ることはないかもしれないとの思いを抱きながら、調査地を後にした。しかし、再訪の機会は思いのほか早くやってきた。京都大学東南アジア研究センター(当時)の高谷好一先生たちが企画した「マレー型農耕文化の系譜—内発的展開と外文明からの変容」の科学研究費プロジェクトに加えて頂き、1986年10月に村を訪れることができたのである。村の人びとの側も、私が「戻ってくる」とは予想していなかったようで、そのためか初回滞在時とはずいぶんと違う対応を示した。その一つが、「今だから言うけれど」である。当時50代前半のおじさんからこう切り出された瞬間、「え! 何を言われるのだろう?」と心中かなり動揺し身構えたが、次に出てきたことばの意味が咄嗟には良くわからなかった。 「今度来たガイジンは、子どもたちと遊んでいるよって、みんなでよく話をしたもんだ」。遊びが育む仲間意識 そう言われて思いかえせば、ろくすっぽことばのできないガイジンをまともに相手にしてくれる人間は、勉強と家事の他はいささか時間を持て余し溢れる好奇心を包み隠さない子どもたちをおいて他にはいなかった。そこである日ためしに油を売りにきた学校帰りの子どもたちに白紙と色鉛筆を渡したところ、ベッドと机を置けば大人2、3人がやっと座ることができる3畳ほど観察されるフィールドワーカー 人類学のフィールドワークにおいてはこちらの意図とかかわりなく、調査される側もまたその人間をしっかりと観察しているものである。とは言え、こちらの言動の何に驚き注目していたかは、「今だから言うけれど」との山の神からの恐怖の暴露話と同じく、向こうが口を開くまで当人にはわからないものである。 1983年12月から1985年2月まで、マダガスカル北西部の人口350人ほどの村落で定住調査を行った。「あなたがたのことば(言語)と伝承(歴史)と習慣(文化)を学ぶために来ました」と伝えてはいたものの、村人の側からすれば、身体は大人のくせに働くでもなく、結婚するでもない人間、それも〈白人〉(vazaha)が村をうろうろしていたこと自体が、かなり奇異な出来事だったにちがいない。マラリアに罹患して死にかけたことがあるものの、元来脳天気な性格であるため、田植えをしたり、刈り取った稲の上をウの私の部屋は、あっと言う間に子どもたちのたまり場となってしまった。男の子も女の子も背にコブのあるウシを描いてくれたあたりまでは、調査者のエキゾティシズムを満足させてくれた。その一方、女の子たちがこぞって家や人や花を描くことにつまらなさを感じると同時に、男女平等思想を持たない社会の中では権利義務や役割関係における性差が少ない民族と思われただけに、いささかの驚きを覚えた。 また、録音機材に興味津々の子どもたちに、「じゃあ、歌でも唄ってごらん」と言って採った歌を再生し聞かせたところ、「わたしも!」「僕も!」と録音希望者が後を絶たず、おかげで女性たちが祝い事の際に唄うオシキ(ôsiky)と呼ばれる歌を労せずにいくつも採録することができた。録音した当時はこの歌の重要性に気がつかなかったが、即興の歌詞とそれに続く繰り返しの定型の歌詞の混交から成るこの歌を共に唄うことができるかどうかが、婚出することの多い女性たちにとって、互いの同朋性を確認する重要な手段であると共に、それを育む格好の機会となっていたことを後の調査の際に知った。月の明るい風の穏やかな晩に夜遅くまで村内に響いていた子どもたちの歌声、すなわち同じくらいの年齢の仲間たちとの遊びの中からこのような意識が醸成されていたのである。〈一緒に唄う子どもたち〉(zaza indray mihira)と言うマダガスカル語が、〈同輩〉を意味するゆえんである。 子どもたちの遊びは、お飯事から縄跳びや鬼ごっこにはじまり、魚獲りやマンゴーなどの野生果実の採取など多岐にわたる。そして忘れてならないことは、米搗きや水汲み、年下のキョウダイやウシの世話、田植えや牛蹄脱穀など、子どもに割り当てられた家事さえもが、子どもたちが一緒になあそぶ 114FIELDPLUS 2016 07 no.16私の部屋に遊びに来た子どもたち。アフリカマダガスカル調査村落の場所アンタナナリヴ

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