FIELD PLUS No.15
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6FIELDPLUS 2016 01 no.15マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)の熱帯林に暮らす狩猟民プナン(西プナン)にとって、鳥は食糧である。狩られて死んだ鳥は、忌み名で呼ばなければならない。鳥の鳴き声は、人間と動物に、何かを意味するものとして届けられ、鳥は、上空から森の動物の味方をするとされる。人間ではなく、動物や鳥たちを中心に描かれる環境中心主義世界の一端を取り上げたい。ベレガン)の忌み名は「バロ・アテン(目が赤い)」。オナガサイチョウ(トゥヴァウン)およびシワコブサイチョウ(モトゥイ)の忌み名は、「バアト・ウルン(頭が重い)」というふうに。 獲物に対してそうしなければ、その動物の魂が天へと駆け上がり、カミに人の粗野な振る舞いを告げ口する。カミは、雷を轟かせ、大雨を降らせて洪水を引き起こしたり、雷を落とし、人を石化したりして、人びとに厄災をもたらすと考えられているからである。そのような災いを避けるために、狩られた鳥は丁重に忌み名で呼ばれる。 キュウカンチョウ(キヨン)の忌み名は「ジュイト・ブォ(果実の鳥)」。その鳥が、果実が実っていることを告げることに由来する。オオフクロウ(コン)の忌み名は「ウアト」である。夜にウア、ウアと咆哮する鳥を食べ、悼む人 子どもは大人と一緒に、または自分たちだけで森のなかに入り、道すがら、鳥の鳴きまねを競い合う。例えば、サイチョウやオナガサイチョウ。その鳴き声は、子どもたちの成長につれて、本物の鳥の声と聞き分けられない程そっくりになる。 大人になった男たちは、獲物を求めて狩猟に出かける。上空を飛ぶ鳥を発見すると、その場に止まってあるいは木の上によじ登って、鳴きまねをして鳥をおびき寄せる。鳴き声を発し、その声におびき寄せられた鳥を吹矢で射止めるか、猟銃でしとめる。 キャンプに持ち帰られた鳥は解体・調理されるが、鳥を含めて、狩られた動物に対する厳格なタブーがある。狩られた動物の名前を、死後の名前(忌み名)に変えなければならない。サイチョウ(プナン語名:からである。セイラン(クアイ)は「ジュイト・モク」あるいは「ジュイト・アニ」。何もない所(アニ)に座る(モク)からである。オジロウチワキジ(ビリンギウ)の忌み名は「ジュイト・ムディク」。果実の季節に実を求めて、川を下流から上流に「遡る(ムディク)」ようにやって来るからである。コシアカキジ(ダタア)の忌み名「ジュイト・ダト」は、「平らなところにいる鳥」という意味である。 鳥の忌み名の特徴は、その鳥の形態(目が赤い、頭が大きい)や行動様式(開けた場所に座る、平らな場所にいる)に基づいて付けられていることである。忌み名を持つ鳥よりも持たない鳥の方が圧倒的に多い。食用に供される機会が多い鳥に忌み名が付けられている。 忌み名とは、生前の名前で直接呼ぶことを控えて、死んだものを別の名で呼ぶことである。それは、人間であれ動物であれ、いなくなった存在の死を悼むために用いられる。実りを告げる鳥 カンカプットという名の鳥は、果実の季節を告げにやってくる。しかし、その鳥を間近で見たとか、捕獲したプナンにこれまで会ったことはない。それは、大空の高い鳥から見た森の生きものたちボルネオ島・狩猟民プナンの環境中心主義世界奥野克巳おくの かつみ / 立教大学、AA研共同研究員ブラガ川で木舟に乗るプナン。「頭が重い」という忌み名があるシワコブサイチョウ(モトゥイ)。マレーシア領サバ州マレーシア領サラワク州西ブナンインドネシア領カリマンタンマレーシアボルネオ島

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