FIELD PLUS No.15
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いった洋装だ。ただ、この褌は、そう遠くない過去の、特に私が調査しているガダルカナル島北東部では象徴的で重要なものだった。 私は、1998年末から2003年7月にかけてソロモン諸島国で生じた「民族紛争」と呼ばれる武力衝突について人類学調査を行なっている。この紛争は、首都が位置するガダルカナル島へ雇用機会を求めて移住してきたマライタ島の人びとを、ガダルカナル島の人びとが島から追い出そうとしたことに端を発する。このとき、ガダルカナル島の一部で盛り上がっていた伝統的生活への回帰を促す運動の影響を受けて、ガダルカナル側の武装集団が身に着けていたのが褌なのだ。当時、褌を着ていないとガダルカナル側武装集団から罰を受けることもあったらしい。 2011年、ガダルカナル島北東部スワギ村に初めて滞在したとき、武装集団の「制服」ともいえる褌の存在を知った。それ以来、できることなら実物をこの目で見たいと思い続けていた。 その機会は、3度目のスワギ村調査のときに訪れた。友人が褌の素材となる木を切り倒してやってきたのである。「これから褌を作ってあげよう」という言葉に甘えつつ、私も手伝える範囲で製作に加わった。 まず、長さ2mあまりの木を半分に切る。2mもあれば大人用の褌が2枚作れるらしい。次に、緑がかった外樹皮をナイフで削ぎ落とし、2mmほどの厚さの内皮をナイフで剥がしていく。直径12cmの樹皮を剥ぐのは骨が折れる作業だ。そして、一枚に剥がした内皮を水に浸しながら、石や木槌などを使って丁寧に叩き延ばしていく。あまり力を加えると樹皮の繊維が切れてしまい、布状にしたときに穴があく。けれども、小刻みに叩き続けても柔らかくならない。全工程におよそ半日を費やして、ようやく一枚の褌が出来上がった。 日本に帰国してからは着用する機会などまずないが、私にとってはこの褌こそ、調査村の人びとから贈られた最高のおみやげである。 初めて私がソロモン諸島国を訪れたのは2009年10月だった。それから、これまでに5回のフィールドワークを行なってきた。そのたびに頭を悩ませるのが、フィールドから持ち帰るおみやげだ。 同じくソロモン諸島国で調査している研究者たちは、調査村での滞在を終えて帰国する間際に貝ばい貨かを譲り受けたと聞く。貝貨とは、ビーズ状に削った貝殻に紐を通したもので、ソロモン諸島国の各地で伝統的に用いられてきた、いわゆる「原始貨幣」である。それは、近代貨幣が浸透した現在でも、結婚式や紛争解決の場面で用いられている。残念ながら、私は調査村の人びとから貝貨をもらったことがない。 そんな私が、調査村の人からもらった思い出深いものがある。木の皮を叩き延ばして作った褌ふんどし(樹皮布)である。 褌をもらったからといって、ソロモン諸島国の人びとが現在でも褌や腰こし蓑みのをまとった半裸生活を送っているわけではない。多くはシャツとズボンと藤井真一ふじい しんいち大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程ガダルカナル島北東部で用いられている貝貨「コガナ」。長さ二尋ひろ、二本鎖からなるものを束ねた状態。資料として持ち帰りたかったが、誰もくれないので自分で作ったもの。紛争当時のガダルカナル側武装集団の姿を再現して撮影。ただし、迷彩柄の服などを着ていた人びともいる。鉄パイプなどを加工した手製の銃は数が限られているので、多くは威嚇のために大きな山刀を持っていたという。褌の素材となる木。現地語で「レ」と呼ばれる。詳細は調査中だが、アフリカやオセアニア、東南アジアなど他地域にみられる樹皮布の素材などから考えて、クワ科の植物である可能性が高い。外樹皮をナイフで削ぎ落とす作業中。幹にナイフを入れて、ゆっくりと内皮を剥がす。水をかけながら丁寧に叩いて樹皮の繊維を延ばしていく。2016 01 no. 15[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラスガダルカナル島マライタ島オーストラリアソロモン諸島国スワギ村

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