23FIELDPLUS 2016 01 no.15海岸でカニ?を探すカニクイザル。樹液をなめるマーモセット。マーモセットをまねて穴を開けてみました。植物は様々であるが、ヒトにとっては苦い葉も多く、中には漢方薬の材料として使用されている植物もあるようである。潘先生は地元の住民を雇用することで、白頭葉猴の保護にも役立てようとしている。元々は薬用植物も食べるサルなので、肝臓等には生薬成分が蓄積されていることから、狩猟の対象となって個体数が激減してきた。崇左市は、中国の少数民族自治区の多くの都市の例に漏れず経済的には恵まれていない地域であるが、近年では雇用が安定しつつあり、野生動物の保護を行う余裕もでき、白頭葉猴の個体数も回復しているようである。我々も地元のガイドを雇うことで様々なサルが食べる植物の情報を得ることができた。持ち出し規制や技術的な問題もあり、これ以上の分析はまだ進んでいないが、野生のコロブス類を身近で観察することができる貴重な地域である。ここのサルのフンから得られた苦味受容体の配列をもとにコロブス類の苦味受容体の機能解析を進めている。苦味受容体が認識する物質がどれだけ食べ物の中に含まれ、その感じ方がヒトや他の霊長類とどう違うのかがわかれば、ベジタリアンになった原因がわかるのではないかと期待される。 一方でインドネシアから誘いがあり、ベジタリアン(ジャワルトン)と非ベジタリアン(カニクイザル)が同じ地域に棲息している保護区(パンガンダラン国立公園)を訪れることができた。ここは1990年代後半に色覚異常のサルが発見されたこともあり、調査体制が比較的とりやすい地域である。また、観光ビーチに近いところにサルの保護区があるため、宿舎や食事にも不自由することなく調査を行うことができた。 パンガンダランにいるベジタリアンのサル、ジャワルトンは先述の白頭葉猴と同じコロブス類に属する。私が所属する京都大学霊長類研究所の辻大和助教が体表の模様をもとに個体識別する方法を確立しているため、個体別のDNAサンプルが得られる貴重な地域である。我々は、個体識別されたフンサンプルからDNAを抽出し、苦味受容体の種内・種間比較解析を行っている。また、共同研究者であるボゴール農科大学の研究者らが動物園でジャワルトンの行動実験とフンサンプルの採取を行っているため、これらの情報を統合することでジャワルトンの味覚について、遺伝子から個体(群)までの総合的な研究をすることができるようになった。実験設備は日本の方が整っているため、ボゴール農科大学の学生と共に野生・飼育サルの観察とサンプル採取をインドネシアで行い、輸出許可を得て日本でこれらの分析を実施している。最近、ジャワルトンを含むベジタリアンのサルが他のサルとは違う味覚を持っている傾向が見えてきたため、引き続き野生での採食行動との比較が可能なデータを収集する予定である。 非ベジタリアンのカニクイザルはニホンザルと近縁な雑食のマカク類である。ニホンザルの例と同じように野生では果実等を食べながらもヒトが持ち込んだ食物に対する執着もあり、しばしば観光客の荷物を開けて食べ物をとってしまう。ペットボトル等も器用にフタを開けて中の飲料を飲む。では、本当にカニを食べるのかというとあまりそういった姿は観察されなかったが、漁師がとった魚等は食べてしまうようである。味覚もヒトに似ているように思えるが、食べている果物は我々が食べても甘味が少なく酸っぱくて、あまりおいしくない。こちらについては甘味受容体や酸味受容体の性質がヒトと異なるのかもしれない。樹液を飲み盲腸で発酵させるサル(ブラジル) 我々の研究所ではサルが死ぬと解剖して、臓器を保存しておく。各臓器における遺伝子発現のパターン等を解析するためで、種としても中南米に棲息する新世界ザル、アジアやアフリカに棲息する旧世界ザル、類人猿の様々な種が対象となる。このうち、新世界ザルに属するコモンマーモセットについて、「味覚受容体が盲腸に多く発現している」ことを2013年に報告した。 マーモセット類は樹液を主食とし、盲腸で発酵させて栄養を摂取することが知られている。我々は、このような「樹液を盲腸で発酵させる」ことが「盲腸で発現している味覚受容体」の機能と関連していると考え、樹液の成分や発酵に関与するバクテリアの種類等を調べ始めている。ちょうどこの論文や紹介記事を見たブラジルのレシフェにあるペルナンブコ農科大学の研究者から訪問しても良い旨の連絡があったため、2014年に地球の裏側まで樹液とマーモセットのフンを探しに出かけた。 野生のマーモセットはペルナンブコ農科大学構内や隣接するドイス・イルマンス公園(動物園)で観察することができた。また、捕獲調査の際に同行し、フンも得ることができた。ただ、樹液についてはなかなか手強く、マーモセットが好んで飲む樹種の樹液はまだ得られていない。今後、樹液の成分とフン中のバクテリアや栄養素、そして味覚受容体の機能を比較することにより、奇妙な遺伝子発現の意義を明らかにしたいと考えている。 このようにフィールドワークとラボワークを併用することで様々な霊長類種の味覚受容体の比較研究に新たな道が切り開かれる。この研究を通じて食事や食文化の起源を明らかにすると共に、各地の霊長類の環境適応戦略について一石を投じることができれば幸いである。ブラジルでの調査レシフェ ブラジル
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