FIELD PLUS No.15
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闘牛を育てる 新潟県小千谷市東山地区。そこでは、国指定重要無形民俗文化財「越後の牛の角突き(以後、闘牛と表記する)」が行われている。闘牛は日本のいくつかの地域でも行われているが、越後闘牛の最大の特徴は、対戦が最高潮に達したときに双方の牛を引き分けて、勝負をつけないところにある。 私は、いまその闘牛の勢せ子ことなり、牛持ち(牛の所有者)にならせてもらっている。その牛の名前は「天神」。2015年で11歳。強い牛である。私は天神の牛持ちであるが、実際にそれを育ててくれているのは東山のテッチャン一家である。私は日頃、東京に住んでいるために、天神をテッチャンの家に預け、飼育をしてもらっている。朝晩の「餌くれ」(給餌)や「あっぱかき」(糞の掃除)など、日頃の世話はテッチャンとそのトウチャンに任せきりである。テッチャンは無類の牛好きで、横綱格の牛を育て上げたこともあって、その飼育の技量には定評がある。そのテッチャンに育ててもらったおかげで天神も出世し、2012年8歳の年に年間最優秀牛の栄冠に輝いた。私は、ほぼ毎月小千谷に通ってはいるが、牛を育てているなどと、とても言えたものではない。しかし、その程度の私をテッチャンは前面に押し出し、実際の闘牛の場面では一番目立つ檜舞台に立たせてくれている。鼻から縄を抜く 闘牛は、当たり前であるがその対戦の場面がもっとも脚光を浴びる。多くの観客の前で熱き闘いを披露するのが、まさに檜舞台。牛持ちたちは、自分の牛を誇らしげに曳きながら闘牛場へと入場してくる。牛を場内に曳き入れることは名誉であり、誰もがやれるというものではない。両牛入場が完了すると、所定の場所で同時に合図の手を挙げてハナギをほどく。ハナギとは、曳き綱に連結する牛の鼻に通された細縄で、対戦時に互いの牛の頭を合わせたところで鼻から抜き取られる。ハナギ抜きは、闘牛のもっとも緊張する瞬間である。そのタイミングを間違えると、相手に先に飛び込まれ勝負がついてしまうこともある。失敗は許されない。 闘牛に参加するためにはさまざまな技術が必要で、地元の人間は子供の頃から牛飼いを通じて、そのような技術を身につけている。牛の曳き方、繋留方法、綱の結び方…。40歳も過ぎて、よそからやって来た私が、そのような技術を身につけているはずもない。その技術はまた、教えられてすぐにできるというものでもない。何度も同じ所作を繰り返すなかで自然と習得されるものなのである。1トン近くもある未去勢の荒ぶる雄牛を、闘牛前の意気込んでいる状態のなか、なだめすかしながら鼻面の綱を解いたり結んだりしなければならない。普通の牛持ちならば、長年の経験から泰然自若とやっているので、いかにも簡単にやっているように見えるのだが、素人がやるとたいへんなことになる。牛は、じっとしていないから引きずり回されたり、運が悪いときには蹴られたり、角で突かれたり。自分の牛の対戦前には、ハナギを抜きやすいように簡易的なハナギ結びに作り替闘牛を育てる、「伝統」を育てる菅 豊すが ゆたか / 東京大学いま、私は地域の「伝統」文化に参加し、その文化に介入しながら、その「伝統」を共創するフィールドワークを行っている。その過程で私は、「伝統の担い手」として相応しい人間に、厳しく育てられている。育てる 318FIELDPLUS 2016 01 no.15なかなか歩いてくれない天神と苦闘する私(施愛東2010年9月5日撮影)。天神の入場(室井康成2012年10月7日撮影)。ハナギをほどくのに、もたつく私(Michael Dylan Foster 2013年10月6日撮影)。小千谷市東山地区新潟県

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