17FIELDPLUS 2016 01 no.15てくれるコミュニティを育てるために、賛同してくれた研究者仲間と一緒にインドネシア各地での活動を開始し、2015年までの間に、計6か所で言語ドキュメンテーションに関する講義や録音実習、データの転写・翻訳などアノテーション付与の実習を行うワークショップを開催しています。 インドネシアにおける調査環境は厳しく、多くの場合、研究機関に録音機やマイクなどの機材の用意はありません。よい機材は高価な上にインドネシアでは入手が難しいため、調査者がそれぞれ自分の携帯電話などを用いて録音を行うケースが多く見られます。ストレージも現地の人にとっては高価であるため、データは転写の後消去されてしまいます。そのような状況を変えるため、一人一人の話者・研究者の中に一次データが貴重な財産であるという意識を育てるところから活動を始める必要がありました。 初期の段階では、研究者それぞれが普段使っている高性能の録音機やマイク、ヘッドフォンを用いて実習を行っていましたが、すぐにその無意味さに気づき、今では現地の人でも何とか購入できる値段の必要最低限の機材(比較的高性能のマイクのついた8000円程度の録音機と廉価なイヤフォン)を持ち込んで実習を行っています。プログラムに関しても、当初は自分たちがこれまで大学で受けてきた教育の枠組みから離れられず、言語ドキュメンテーションの理念を伝える講義に多くの時間を使っていましたが、今では自分たちの言語の記録をすぐに始めたい、という参加者のニーズに合わせて実習に最大限の時間を割いています。その結果、ワークショップは文字通り「ワーク」の場となり、日程の最後にはささやかながらも目に見える成果が得られるようになりました。例えば、2015年8月に開催したクーパンでのワークショップでは、2日間の活動の成果として、9つの少数言語の話者が、それぞれの伝統的歌謡や昔話のデータを録音し、転写と翻訳を付けるプロジェクトを完成させました。手法を身につけ、「言語記録者」に育った参加者が今度は自分の言語コミュニティで仲間を育ててくれることを期待しています。 今後は話者たちが記録したデータを何らかの形で公開し、研究・教育などの素材として広く役立てていけるようなアーカイブシステムを構築することが課題です。祝! 「スンバワ文学協会」設立 さて、スンバワの人たちの言語・文化記録活動は私が当初期待したとおり、話者たち自身の力で順調に育っています。私も広報担当としてその一端を担わせてもらっています。高校のITの先生が生徒たちと作って送ってくれたビデオをYouTubeで公開したり、歴史に興味のある仲間が、これまでほとんど知られていなかったブギス文字の碑文の写真を送ってくれたのを、アジア・アフリカ言語文化研究所のウェブページで紹介したりしました。スラウェシ島南西部で使われていたブギス文字が周辺の他の島でも用いられていたことを示す例として貴重です。この時代、必要なやりとりはフェイスブックのチャットでリアルタイムに行うことができるので、時間と意欲があれば、距離を超えて共同作業を進めていくことができます。 2015年9月に久しぶりに現地を訪れたところ、「スンバワ文学協会 (現地名Yayasan BUNGAKU Sumbawa←BUNGAKUの部分は日本語!)」が正式に発足したことを知らされました。まだオフィスもなく、専属のスタッフもいない状況ですが、財団として登録されたことにより、今後は地方政府の補助を受けての出版やイベント開催も可能となります。今後はスンバワ語コミュニティのより多くの人たちと一緒にスンバワの言語・文化を記録し公開するための活動を育てていきたく思っています。最初の共同作業、ビデオ作成の様子。場所はホテルのカフェです。ヌサ・チュンダナ大学(東ヌサ・トゥンガラ州、クーパン)で開催したワークショップの様子。レコーダーの使い方を電源の入れ方から丁寧に教えています。スンバワの仲間が見つけたブギス文字碑文。スンバワで現在確認されている唯一のブギス語遺物です。これは大発見! ということで、アジア・アフリカ言語文化研究所のウェブページで紹介しました。現在ワークショップで用いているミニマルなキット。日本で8000円ぐらいで調達できるセットですが、それでもインドネシアの一般の人々にとって容易に手が届く値段ではありません。
元のページ ../index.html#19