14FIELDPLUS 2016 01 no.15アフリカの乾燥疎開林ミオンボ アフリカの熱帯雨林帯の南・東縁には、ミオンボと呼ばれる疎らな林がひろがっている。かつてミオンボ林にはゾウやライオンなどの大型哺乳類が闊歩し、眠り病を媒介するツエツエバエが人や家畜を遠ざけていた。しかし、そこがまったくの無人だったわけではない。タンザニア中央部(コンドア県)のミオンボ林地帯にある岩窟には数千年から数百年前のものとされる壁画が残っていて、エランドなどの大型レイヨウ類とともに葬儀の様子なども赤い染料で描かれている。その原料は特定できていないが、現地の農村では、ミオンボ林の代表的な樹木ブラキステギア・ボエミイ(Brachystegia boehmii)の樹皮から赤い染料を採って家財道具などに装飾を施している。ボエミイは幹の内皮から丈夫なロープが取れることでも知られ、「ミオンボ」の呼称はこの樹種の現地名に由来している。描かれている動物の棲息環境や現在の植生から判断して、壁画が描かれた当時の植生もおそらくミオンボが中心であり、そこには古くから人の暮らしがあったと推察している。ミオンボ林が抱える環境問題 ミオンボ林は「乾燥疎開林」という別称をもつが、そこでの降雨量は比較的安定していて生産力が低いわけではない。先にも触れたように、過去において人間活動が活発でなかったのは獣や風土病によるところが大きい。近年における人口や家畜の増加、外部資本による大規模な農地開発やそれにともなう土地・放牧地の不足、そして政府によるツエツエバエ駆除の着実な成果がミオンボ林の開拓を急速に推し進めていった。 2000年代の中頃からは、世界的な原油・鉱物資源価格の高騰もミオンボ林の減少に拍車をかけている。資源の豊富なタンザニアは鉱物価格の上昇によって長い経済停滞の時代から脱し、一転して急速な経済成長をみせはじめた。しかし、その恩恵に浴しているのは一部の都市住民に限られ、大多数が暮らす農村部の経済は相変わらず低迷を続けていた。むしろ、物価の高騰や都市-農村間の経済格差の拡大は地域住民の生活をさらに圧迫していった。農村経済の向上を期した農地の拡大や木炭生産は林の伐採を助長し、農村部における土壌の浸食や疲弊、燃料不足を深刻化するとともに河川の水位の低下をもたらし、それが大規模な水力発電に依存する都市部の生活をも脅かしていった。農村の生活水準の低迷は、国家レベルの環境破壊やエネルギー不足として表面化してきたのである。 私がタンザニア南部のモンバ県(ザンビア国境付近)の寒村を初めて訪れたのは1993年のことであった。この地に暮らす農耕民ニャムワンガは、ミオンボ林でトウモロコシ・キャッサバ・シコクビエなどを育てながら、牧畜・漁撈・採集・狩猟を組み合わせた複合的な生業を営んでいた。焼畑では、男性が木にのぼっアフリカで木を育てる伊谷樹一いたに じゅいち / 京都大学グローバル化するアフリカのなかで、農村社会もまた市場経済のうねりに呑み込まれていった。生態への過度な依存が招いた生態系の乱れを、われわれは修復することができるだろうか。育てる 1ムベヤ州タンザニアアフリカモンバ県ダルエスサラームコンドアタンザニア・ドドマ州コンドア県の岩窟に赤い染料で描かれた壁画。左がエランド、右は葬儀の様子。コンドアに散在する残丘(インゼルベルグ)には、随所にこうした壁画が残されていて、この岩絵遺跡群は2006年に世界遺産に登録された。ミオンボ林。樹高15~20メートルの木々が風通しのよい林をつくっている。木炭を集める。木炭生産はミオンボ林の数少ない現金収入源の1つである。シコクビエを穂刈りする女性。
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