7FIELDPLUS 2015 07 no.14の草が多くしげる人の手の入った森をよく利用するのに対し、チンパンジーは果実のたくさんある深い原生林をよく利用するというように、「すみわけ」をしていると報告した。 ところが、テュティンとフェルナンデス夫妻が1980年代におとなりのガボンで国じゅうのゴリラとチンパンジーの生息調査を行なったところ、ジョーンズとサパタピが言うような「すみわけ」はおきていないことがわかった。むしろ、どちらかがたくさんいるところにはもう一方もたくさんいるというように、ふたつの種の生息密度には相関関係がみられたのだ。 生態学の理論では、似たような生物の共存はむずかしいとされる。食物などが似通っているので、競争が激しくなるからだ。では、進化の系統も近く、身体の大きさもよく似ているゴリラとチンパンジーが、アフリカの森で「ともに生きる」ことができているのはなぜだろうか。同じところで同じものを食べる 考えられるのは、食べ物の違いだ。似たような生き物が同じところにいると、競争の結果として「すみわけ」がおきることもあるが、食べ物をたがえることによって共存できることもある。「すみわけ」ならぬ「食いわけ」だ。 ところが、かれらの食物を調べてみると、どうも、食物も似ているようなのだ。中部アフリカには、わたしたちの調査する場所のほかにも、調査が行なわれている場所がいくつもあるが、どの森でも、ゴリラとチンパンジーの食物の40~60%は共通している。いろんな森で食べ物を比べてみると、異なる森のゴリラどうし、チンパンジーどうしより、同じ森のゴリラとチンパンジーのほうが似たものを食べている。さらに好物も同じだ。たとえば、冒頭のイチジクがそうだ。静かな共存 すみわけも食いわけもしないのなら、かれらはどうやって共存しているのだろうか。もしかすると、共存などしておらず、彼らはたがいに相手をおいはらおうとしているのだろうか。ところが、それも違うようだ。 私の大学院の先輩である鈴木滋さん(現・龍谷大学)は、コンゴのヌアバレ・ンドキ国立公園で、ゴリラとチンパンジーが同じ一本のイチジクの樹で果実を食べるのを観察した。鈴木さんによると、ゴリラもチンパンジーも、あきらかにおたがいに気づいていながら、さわぐこともなく、静かにイチジクを食べていたそうだ。 その後、幸運な何人かの研究者たちが、同じような観察をした。チンパンジーがたまに吠えることがあるが、そんな時はゴリラは近くでチンパンジーが食べおわるのを待っているという。 残念ながら私自身はまだゴリラとチンパンジーが一緒にいるところを見たことはない。けれど、ゴリラを観察しているときに近くでチンパンジーの声を聴くことはある。ゴリラたちにも聴こえているはずだが、めだった反応はしない。 ふたつの種は、仲良くするでも、ケンカをするでもなく、静かに、ただ「ともに生きている」。それは、アフリカの森の豊かさがもたらしたものかもしれないし、わたしたちがまだ知らない、かれらだけの「共存のひみつ」があるのかもしれない。ヒトだけがなかまはずれ ここで、私たち人間に目をむけてみよう。人間はチンパンジーやゴリラとよく似た生き物だ。遺伝子の約95%は共通だといわれる。人間は、かれらと共存できているのだろうか。 さきほど、チンパンジーが多いところにはゴリラも多いとのべた。ではチンパンジーやゴリラがたくさんいるのはどんなところだろうか。じつは、ゴリラとチンパンジーの多さをいちばんよく説明できるのは、植生などの自然の条件ではなく、「人の活動」なのである。大都市から離れていて、人口が少なく、伐採や狩猟などがあまりさかんでないところほど、かれらはたくさんいる。というより、人の活動がさかんなところにはかれらはいない、というべきかもしれない。 中部アフリカでは、人間活動によってゴリラとチンパンジーのくらしや命がおびやかされる一方、畑あらしなど、かれらが地元の人びとのくらしをおびやかすことも増えている。あきらかに、ヒトとチンパンジー、ゴリラは対立している。アフリカにくらす三種のヒト科霊長類のうち、ヒトだけがなかまはずれだというのは、なんとも残念だ。そこで、現在私は研究のかたわら、地元の人びととゴリラ、チンパンジーが「ともに生きる」ことができるようにするため、エコツーリズムなど、森をこわしたり、森にくらす生きものたちの命をうばうことなく、森林を持続的に利用するための活動をはじめたところである。現在、地元の人がエコツアーのガイドになるための研修プログラムを実施している。写真は、JICA(国際協力機構)の視察団に森を案内しているところ。近くの村の子どもと私。私の苗字にあやかって「タケ」と名付けられた。ブドウの仲間、シッスス・ディンクラゲイ。チンパンジーとゴリラの大好物だが、ヒトが食べると口がしびれるほど痛くなる。ヌアバレ・ンドキ国立公園ムカラバ・ドゥドゥ国立公園ゴリラの分布域チンパンジーの分布域ボノボの分布域赤道
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