5FIELDPLUS 2015 07 no.14してもチンパンジーがやろうとしてやっている、パターン化された交渉の型である。 シーザーも私と同様に考えたようで、左手を上げて対角毛づくろいに入る準備態勢を取った。つまり、クーピーが腰を降ろせば、対角毛づくろいに入れる態勢が整っていたのである(写真4)。しかし、クーピーは右手も上げそうな、微妙な動きを見せていた。二足でヨタヨタ、両手もふらふら、という変な踊りを踊っているような状態になってしまったのである。クーピーは、シーザーの手が高々と上がった時点でこの「変な踊り」をやめ、シーザーに背を向けて座ることで自分の背中の毛づくろいを催促し、それにすぐに気づいたシーザーが掲げた左手を降ろし、クーピーはめでたく(?)背中を毛づくろいしてもらった(写真5)。 最終的に決着はついたものの、そこに至るプロセスはなんとも不格好である。「今ここで一緒に何かをする」という準備態勢に両者とも入っていたが、「変な踊り」のくだりでは「何をするのか」は宙に浮いていたのである。クーピーは、対角毛づくろいをしようと思ったけど急に思い直したのかもしれない。本当は脇の下あたりを普通に毛づくろいしてもらいたかっただけなのに、シーザーが手を上げてしまいこのままだと対角毛づくろいすることになってしまうので、どうしたものかと逡巡していたのかもしれない。そもそもどうしたいのかあまりはっきりしていなかったのかもしれない。クーピーのみぞ知る、である。それでも最終的には「クーピーがシーザーに背中を毛づくろいしてもらう」という落としどころに落ち着いたわけである。離れ合い、出会う社会 チンパンジーの社会的交渉は多様で、毛づくろい以外にもいろんなことをする。例えば、遊びはあらゆる年齢層でおこなわれるし、遊び方もレスリング、追いかけっこ、くすぐり合い、と多様である。食物を分け合うこともあれば、喧嘩もする。しかし、個々の場面を見ていくと、「せっかく出会ったのだから何かするかな」と思って見ていても、何も起きないことの方が多い。さらによく見てみると、チンパンジーが移動の途中で前方に誰かがいるのを見つけると、立ち止まったり、座ったり、自分自身を毛づくろいするなどして、一旦留まることがある。この時、相手もすぐにそれまでしていたことをやめて近づいてきたりしない。こうして次にどうなるのかわからないような間が空くのだ。特に久しぶりに再会したオトナ同士、ましてや一対一の場合には、そうした間が空くことがある。その後に、どちらかが近づいて何かが始まることもあるし、何事も無く離れ合うこともある。 何もしないのだったら初めから移動の方向を変えてしまえばいいし、毛づくろいをしたいのだったらすぐ行けば良いものを、と思ってしまうのだが、そう簡単なことではなく、互いに無関心だから何も起きなかったということでもないようなのだ。自分に置き換えて考えてみると、そういえば似たようなことをやっている。誰かと話している最中の人にいきなり近づいていって割って入ったりはしないし、昼寝中の知り合いを見つけて急に話しかけたりもしない。ちょっと様子を見ている。「ちょっと」の程度は相手が誰なのかとか、話の内容を含め相手が何をしているかにも左右される。チンパンジーの場合も似た状況で、そうしたことはともに暮らす相手への配慮のように思いたくなる。しかし、そもそも具体的な関わりを「今、ここ」に新たに創り出すには、互いの協力が不可欠だ。コミュニケーションのもつ、共同作業という側面から捉え直す必要があるだろう。 チンパンジー社会において特徴的なのは、彼らが離れ合うという選択肢を、その集団編成の根幹にもっている点である。冒頭で触れた離合集散という特徴である。離れることが可能なのは、相手の「ついて行かない」という行為選択と相まって可能となる。したがって、一方的に離れるというできごとではなく、互いに離れ合うというできごとなのだ。いずれにせよ、相手と関わろうとしてうまくいかなかったり、怒りを買ったりしても、ひとまずその場を離れて過ごすことができるのだ。この離れ合いは、次の出会いへと繋がる。そして、次の出会いにおいてまた新たな困難に直面するかもしれないが、誰かと遊んだり、毛づくろいをしたり、一緒にものを食べたりといった、新たな関わりへと繋がる可能性もあるのだ。もし、共通の祖先をもつヒトとチンパンジーの社会が、ともにその系統の中で離れ合うことを含む社会性をその集団形成の基礎としていたとすれば、いつでも電波で繋がってしまう現代の私たちの生き方には、折に触れてその繋がりを断ってくれるような装置も同時に必要なのかもしれない。写真4 左手を上げて対角毛づくろい準備状態のシーザー(奧)と、一応左手を高く上げているが、右手も中途半端に上げて、なぜか二足立ちのままヨタヨタとシーザーの前を動くクーピー(手前)。写真5 クーピー(手前)の背中を毛づくろいするシーザー(奧)。タンザニア連合共和国マハレ山塊国立公園赤道
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