4FIELDPLUS 2015 07 no.14チンパンジーは集団を作って暮らす。けれども、集団のメンバーだからといって以心伝心の仲でもない。集団によっても、その中での個体間の関係は多様だ。チンパンジーとして他者とともに生きるには、思いのほか努力が必要なのだ。ありようはそこに棲む者たちがどう行動するかによって形作られていく。さらに、個体数やその構成もチンパンジーの行動、ひいては社会のありように影響を及ぼす。現在マハレで主要な研究対象となっている集団の構成頭数は、時期によって100頭以上から50~60頭まで大きく変動してきた。50年という歳月を経た今、社会変容の実態を探求できるようになりつつある。一緒に暮らしていてもコミュニケーションは難しい チンパンジーが集団で暮らしていると言っても、仲間同士が以心伝心の仲というチンパンジーと集団 チンパンジー(Pan troglodytes)はアフリカの赤道周辺地帯にのみ生息する。彼らは、ヒトと最も近縁な大型類人猿でもある。すなわち、進化の過程でヒトの系統が最後に種として分岐したのがチンパンジーの系統なのだ。 彼らは単位集団と呼ばれる一定のメンバーからなる集団を形成するが、常に全成員が一緒にいるわけではなく、くっついたり離れたりを繰り返す「離合集散」と呼ばれる生活を送っている。いつ誰が誰とどこで会うのか予測することはできない。また、互いに会わない時間も様々で、数分から数時間、数日、場合によっては月をまたぐようなこともある。しかし、くっついたり離れたりを繰り返しながら、単位集団を形成・維持しているのである。一般にオスは生まれ育った集団と場所に留まるが、メスは性的に成熟する頃に別の集団へと移籍する。移籍したメスは、そこで新しいメンバーと新たな関係を築かねばならない。 私が調査をしているタンザニアのマハレ山塊国立公園は、今年で50年を迎える世界で2番目に古いチンパンジー調査地である(写真1)。チンパンジーの行動は多様であり、社会のありようも変動する。社会のわけではない。むしろ、具体的な関わりは手探りですすむ。 今年の調査で面白い場面を見た。1月14日午前、シーザーというオトナのオスが地面に横になって休んでおり、近くにクーピーという若いメスが座っていた(写真2)。クーピーはちらちらとシーザーの方を見るが、シーザーは振り向きもしない。シーザーがゆっくり起き上がると、クーピーは即座にシーザーの前に回り込んだ。しかし、そこでなんだかへんてこな状況になってしまった。クーピーがシーザーの前に来て左手を高く上げたので、私はてっきりクーピーが「対角毛づくろい(写真3)」をしようとシーザーに催促しているのだと思った。対角毛づくろいは互いに向き合い、シンメトリカルな身体の型になる毛づくろいである。手を上げるタイミングがほとんど同時である点も含め、チンパンジーにとって特別な意味がありそうだ。いずれに離れ合いつつ、ともに生きるチンパンジー伊藤詞子いとう のりこ / 京都大学野生動物研究センター研究員、AA研共同研究員写真1 チンパンジーはタンガニーカ湖(手前)とマハレ山塊(奧)の間に発達した森林に棲んでいる。写真2 横になって休むシーザーと、待機(?)しているクーピー。写真3 右の2頭が互いに同じ側の手を頭上に掲げ、同時に互いを毛づくろいしている。
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