FIELD PLUS No.14
34/34

イテリメン語の研究を行ってきた。かれこれ10数年もカムチャツカに行き続けているうちに、話者の方たちやそのご家族と親しくなり、毎回いろいろ面倒なお願いをしているにもかかわらず、いつも助けてもらっている。 さて、「フィールドからのおみやげ」というと思い出す出来事がある。私は2012年6月にイテリメン語復興のためのワークショップの開催に携わった。このワークショップは、アメリカの文化人類学者デヴィッド・ケスター教授と、自らがイテリメンであり言語復興について学んでいるタチアナ・デガイが中心となり、サンクト・ペテルブルクからロシアのイテリメン語専門家アレクサンドル・ヴォロージン博士、そして主役となるイテリメン語話者や文化継承者を20人ほど招いた大規模な催しであり、この中で私は言語プログラムを担当した。ワークショップは8日間にわたり、カムチャツカ南部のマルキにある保養施設で行われた。参加者はこの施設に寝泊まりして毎日イテリメン語とイテリメン文化漬けとなる日々を過ごした。初習者向けのイテリメン語講座や言語学・人類学的調査の他、夜はイテリメン語の歌を歌ったり踊ったりした。普段コヴランやチギリなど別々の村で暮らしていて互いにイテリメン語を話す機会がなかった人々が、生き生きと母語で話し始めた。こうしてイテリメン語での会話が飛び交う場に立ち会うことができたのは、私個人としても嬉しいことであった。 その後2年が過ぎた2014年の9月、いつものようにカムチャツカで調査を行っていた時、ワークショップに参加していた若いイテリメン語学習者に会う機会があった。「久しぶり」と声を掛けると、「これを記念にあげるよ」と言って、大きな冊子のようなものをくれた。開けてみると、2年前のワークショップの記念にデヴィッドが作ったカレンダーだった。デヴィッドからカレンダーをまとめて受け取り、現地で配布していた人が「数が少ないから高齢の人たちに優先的に配りたい」と言っていたので、私は半ばあきらめていたのだが、思いがけないところからカレンダーをもらうことができた。 ワークショップに参加していたイテリメン語話者の中には、残念ながらその後病気で倒れた方や亡くなった方がいたので、カレンダーに写る楽しそうな姿を見て、当時を懐かしく思い出した。 カムチャツカは日本から見て北東に位置するロシアの半島であり、ヒグマや火山などで知られる自然豊かな土地である。この地には古くからイテリメンという(かつてはカムチャダールとも呼ばれた)民族が暮らしている。17世紀にロシアがカムチャツカに入植してからは戦闘や伝染病などで人口を減らし、急速にロシア化が進んだ現在の人口は3000人あまり、彼ら固有の言語であるイテリメン語を話せる人は10人に満たないという危機的な状況にある。私は、日本と地理的には近いものの、心理的には少しばかり遠いこのロシア極東のカムチャツカに興味を抱き、小野智香子おの ちかこ千葉大学特任研究員、AA研共同研究員イテリメン語の歌の歌詞書き取りのようす。ワークショップに参加したイテリメンの言語・文化の専門家と話者一同。言語学者と現地のイテリメン語教員。おみやげにもらったカレンダー。2015 07 no. 14[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラスマルキカムチャツカチギリコヴランロシア日本

元のページ  ../index.html#34

このブックを見る