31FIELDPLUS 2015 07 no.14少年たちは、真っ黒な衣装を着てモランになる日を待ち望み、晴れてモランになると今度は酸化鉄と脂を用いた顔料を使って全身を真っ赤に染め、その上に華やかなビーズをつける。サナギが蝶になるようなあざやかな変身だ。反対に、結婚した男性がいつまでもモランのように着飾っていると、かえって「格好悪い」し「見苦しい」。長老になると、自慢だった長髪をばっさりと切り、ビーズもすべてとってしまう。昨日まであんなに格好つけて、そしてあんなに美しかったモランが、一瞬にして「おじさん」になる様子は、潔いことこのうえない。装身具は「人生のコントラスト」を演出する、なくてはならない道具である。どんどん派手になるビーズ装飾 写真5 は1959年と2003年のサンブルのモランである。装身具は近年、どんどん増えて派手になっているのだ。私が装身具の調査を集中的におこなっていた2000年前後は、とくに目を見張るスピードでモランの装身具のデザインが華美になり種類も増殖したが、それと同時に興味深い変化も起こった。それは、たとえば首にまきつけるビーズ。「ンゴロー」というが、これはかつては2~4センチの幅しかなかったが、より太いものへと流行が変遷し、ついには8センチ以上にもなった。そして後ろをヒモで結び簡単に脱着できるデザインになったのだ。その頃、学校教育が急速にひろまり、多くのモランが昼は制服を着て学校にかようようになった。けれども、帰宅後や学校が休みの期間は、思い切りダンスや恋愛をするモラン本来の生活を楽しみたい。モランの装身具は、そんなふうに気持ちの切り替えを可能にする役割を担い始め、同時にどんどん派手になっていったのである。現代的なファッションとして この10年ほどは、モランの装身具の増殖傾向は少し和らいでいるが、こんどは女性に変化が起こっている。サンブルの女性は、物心ついたときにはすでに母親につくってもらったビーズの首飾りをつけている。娘たちは、その後にビーズの飾りが増えても、夜眠るときもその大部分をはずすことはない。しかし、学校に通う娘は一筋のビーズもつけず洋服を着ている。サンブルの親たちは、将来学校に通わせようと思っている娘には幼い頃からビーズを与えず、「ビーズの娘」との対比の上で「学校の娘」とよぶ。「学校の娘」たちは、モランにビーズをもらって恋人関係をつくることもないし、モランとダンスを楽しむこともない。それどころか、生涯にわたってビーズをつけることなく過ごすのである。この対比は、「伝統を生きる女性」と「伝統から離脱した女性」というように女性の生き方を明確に二分しているかのようだった。 ところが、ごく近年になって、教育を受けた女性たちが競ってビーズを買い求め、ときどき身につけるようになってきた。ただし、彼女らの装身具は少しだけデザインが異なる。たとえば、頭飾り。教育を受けていないサンブル女性は、髪をのばさず剃っているので、頭飾りは頭全体に太く巻き付いているが、教育を受けた女性たちはヘアサロンでセットした髪型にも合うように細くヘアバンドのような形にアレンジしている。現代的なファッションのひとつとして自民族の装身具を身につける彼女たちは、「私は、学校に行き、町で就職もして現代的な生活をしているけれど、サンブル文化のすばらしさも忘れていないわ」と誇らしげに主張しているかのようである(写真6)。 「人生のコントラスト」を美しいと感じてきたサンブルの人びとだが、彼らの生活や価値観は、アフリカのほかの社会と同じように激変にさらされている。「学校が休みのときは『モラン』として楽しみたい」「『学校の娘』として生きてきたが、友人の結婚を祝う儀礼にはビーズを身につけてでかけたい」「自分は長老だが観光客相手の商売をするために派手なビーズをまとう」……など、従来の価値観のもとでは「どっちつかず」で「美しくない」といわれそうな態度ではある。しかし、彼らは美しいビーズの装身具をつけたりはずしたりしながら、気持ちをオン/オフしつつ、新たな「コントラスト」を演出し始めた。サンブルのビーズ装飾はあらたな美意識のなかで新たな役割も担い始めたのである。 興味をもたれた方には、サンブルの身体装飾について網羅的に まとめた拙著 Adornments of the Samburu in Northern Kenya: A Comprehensive List(The Center for African Area Studies, Kyoto University, 2005)、サンブル社会におけるビーズの重要性を記述した民族誌『ケニア・サンブル社会における年齢体系の変容動態に関する研究──青年期にみられる集団性とその個人化に注目して』(松香堂、2011年)をご参照いただきたい。写真5 上:1959年のモラン(ポール・スペンサー撮影)。下:2003年のモラン。写真6 ビーズ装飾をつけた教育を受けた女性。
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