FIELD PLUS No.14
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30FIELDPLUS 2015 07 no.14ビーズは地位を表示する「サイン」 ケニア北中部に住む牧畜民サンブルの社会では、男性は、誕生から20歳前後で割礼(成人儀礼)を受けるまでは「少年」、割礼から結婚までは「モラン(戦士)」、結婚すると「長老」とよばれる。男性はモランの時期だけビーズで派手に全身を飾る。一方、女性は生涯にわたってビーズの装身具を使い続けるが、一番大きなビーズの首飾りを身につけるのは、「ンティト(未婚の娘)」である(写真1)。ンティトは特定のモランに大量のビーズを買ってもらって恋人関係をむすび、モランとともにダンスとおしゃれと恋愛を楽しむ(写真2)。ンティトは結婚すると「トモノニ」とよばれる。その人がモランなのか長老なのか、ンティトなのかトモノニなのかは、ビーズ装飾を見れば一目でわかる。サンブル社会でビーズ装飾は、人びとの社会的地位を表示する「サイン」として重要な役割を果たしているのである。あざやかなコントラストを演出する 人びとはビーズ装飾をもちいて美意識や世界観も表現する。たとえば「コントラスト」。彼らが美しいと思う色の組み合わせは、もっともあざやかなコントラストを創り出す「白─黒」と「白─黒─赤」である。「白─黒」のビーズでつくられた上半身にかける装身具は「ケリン」という(写真3)。サンブルのモランの装身具のなかでもっとも古くからあるものだ。初めてビーズと出会ったときに、彼らはまず白と黒を選びこの装身具をつくったのだろう。 写真4のバングル(腕輪)も見てほしい。一番右側のジグザグ模様のものをのぞいて、右から2、3、4、5番目まではすべて「白─黒─赤」という3色のセットでできている。そのとなりは、赤の代わりにオレンジを、そのとなりは白の代わりに黄色を、一番左は黒の代わりに濃い緑を使った「白─黒─赤」のバリエーションだ。そして、入れかえ可能な色、つまり、赤とオレンジ、白と黄色、黒と濃い緑の組み合わせは、コントラストがないので美しくないといい、ひとつのバングルに同時に使うことはない。 鮮明なコントラストを美しいとする彼らの美意識は、その人生観にもあらわれている。少年は少年らしく、モランはモランらしく、長老は長老らしくあることが礼節のある美しい態度とされる。割礼をひかえたまず、写真を見てほしい。サンブルの人びとを彩るこれらのビーズは、ちょっと意外かもしれないが、チェコ製の輸入品だ。わずか100年ほど前に欧米人によってもちこまれたガラスビーズは、アフリカの人びとを虜にし、独特のデザインや利用法のもとで目を見張る変化をとげている。その一例を紹介しよう。Field+BEADS「コントラスト」を演出するケニアの牧畜民サンブルの美意識とビーズ装飾中村香子 なかむら きょうこ / 京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員ナイロビサンブルの居住地ケニア共和国アフリカ集落の朝。写真の娘は、自慢の大きなビーズの首飾りはつけたまま眠り、朝一番のヤギの乳搾りの仕事の前に頭飾りをつけた。写真2 モランとンティトのダンス。ダンスの中で、モランはジャンプを競い、ンティトは、上半身を前後させながら、ビーズの首飾りを胸の上でシャンシャンと鳴らしてリズムをとる。写真3 「白─黒」のビーズでつくられたケリン。「赤─黒」もある。写真4 バングルの色の組み合わせは「白─黒─赤」の3色セット。写真1 ンティト。首飾りのビーズの芯には針金が使われている。首飾りの美しさ。立ち姿の美しさ。真っ白な歯。ンティトの美しさをつくる3大要素だ。

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