FIELD PLUS No.14
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26FIELDPLUS 2015 07 no.14うあるものでない。やはり大英図書館に滞在していたとき、敦煌発見のチベット語仏教経典を集中して見ていた。経典自体というより、誰が写経したかに興味があったのである。しかし敦煌出土の経典は大量にある。来る日も来る日も見通しがつかない作業が続き、文書を見るのが苦痛になり始めた。ある日、図書館5階の部屋で大判の経典をあてもなくめくっていると、冬のロンドンの早い夕陽が窓から差し込んでくる。ふいに何もかも嫌になって、研究なんかやめようと思った。幸いにしてその後、幾ばくかの成果を残すことができたからなんとか続けているが、出土文書の研究というのは地味な作業の連続であり、しかも上手く結果がでるとは限らないものである。◆碑文を写真から読む 石や岩に刻まれた碑文は、文書と全く異なるアプローチが必要である。中国の金石学(中国では金属や石に刻まれた文字の研究を金石学と呼ぶ)では、何はともあれとりあえず拓本をとり、それから文字を読むのがセオリーだが、チベットの場合、碑文の拓本をとることは本当にまれだ。多くの場合、古い碑文はチベット人にとって崇拝の対象なのであり、おいそれと拓本をとるわけにいかないのである。ではどうするかというと、碑文の写真をもとにテキストを読むのである。 写真より本物を見に行けばいいのではないかと思う人もいよう。しかしラサ周辺にある碑文ならまだ見に行くこともできるが、辺鄙なところや国境付近にあるものとなると、近づくのも難しいのである。そもそも現在では現物がなくなってしまったものもある。そうなると、発表された写真だけが手掛かりである。カラー写真があるのはまだましで、1950年代以前にチベットを訪れた西洋人が撮った写真しかない場合もざらである。不鮮明な白黒写真を穴の開くほど見つめてテキストを解読する、それが標準的なチベット碑文の研究方法であった。 2008年、私は現存する古チベット語の碑文を集めて出版するプロジェクトに関わっていた。その時点で判明している碑文の情報を全て集め、また重要な碑文については解読テキストも作成することが目的である。大した作業ではないだろうと誰もが考えていたが、しかしそれはとんでもなく甘い見通しであった。解読テキストを作ることが思いの他困難だったのだ。公開されている写真をスキャンしてパソコンの画面いっぱいに引き伸ばしても文字は不鮮明で、解読は困難を極めた。 私が忘れられないのが、中国四川省カンゼ・チベット族自治州石渠県にあるダクラモと呼ばれる碑である。崖に文字や線画が彫られた、いわゆる磨崖碑と言われる碑文であるが、頼りになるのは1997年発表の論文に付いていた2枚の不鮮明な写真だけである。論文には解読テキストが載せられていたが、見れば見るほどにどうも信用できない。では、ということで写真から解読しようとしたのだが、写真が不鮮明でまことに読みにくい。わずか11行ほどの文に1週間を費やしたが、それでも満足のいく結果にならない。 苦しい解読の間、私の胸の内に幾度となく去来したのが「本物を見たい」という思いである。本物さえ見れば、文字が読めるはずである。そもそも、碑文は実際にどんな環境にあるのか、現状はどうなっているのか、我々はそれさえはっきりと知らない。何としてもこの眼で見たい。不鮮明な写真を見るたび、その思いはますます強くなった。◆フィールドの中で碑文を読む そのダクラモ碑を見ることができたのはそれか念願のダクラモ碑文の前に立つ。碑文調査の合間にピクニック休憩。碑文調査。写真真ん中の白い石が碑文の断片。

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