FIELD PLUS No.14
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24FIELDPLUS 2015 07 no.14敦煌天祝古チベット語史料を読む古代の失われた記憶を求めて特別企画◆古代チベット史と古チベット語史料 私が研究しているのは古代チベット帝国の歴史である。古代チベット帝国とは、6世紀末から7世紀初頭にチベットで成立した初めての統一王朝であり、当時の中国(唐)からは吐蕃と呼ばれた強国である。この時期は、チベットの伝統的歴史観では「前伝期」(ガダル)と呼ばれる。前伝期は仏教がチベットに伝播した時期によって分けるチベット独特の歴史区分の一つであり、9世紀半ばに終わる。その後1世紀ほどの暗黒期を経て、11世紀頃から「後伝期」(チダル)が始まり現在に続くのである。 チベットといえばダライ・ラマや仏教を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。実際にチベットと仏教とは切っても切れない関係にあり、仏教思想はチベット社会の隅々まで広がっているのである。しかし本当の意味でチベットに仏教が浸透したのは後伝期からであって、では前伝期はどうかというと、仏教の信奉者は皇帝一家や一部の貴族たちが中心で、庶民がどの程度仏教を信奉していたのかは疑問である。 いずれにせよ、チベット社会は後伝期に入ってから仏教化が進み、仏教が社会のあらゆる局面に影響を及ぼした。歴史もその例外ではなく、前伝期のチベットで起こった出来事はすべて仏教的視点から「上書き」や再解釈がなされ、軍事国家であったはずの帝国の歴史は、仏教の伝来と伝播の歴史へと書き換えられたのである。書き換えられた歴史は現在にいたるまでチベット人の間で「古代史」として受け継がれているが、実際には史実というよりもむしろ歴史物語や伝説の類と考えた方がよいだろう。 ところが20世紀初め、今の新疆や甘粛省の敦煌莫高窟で大量の古いチベット語文書が発見された。そしてそのほとんどが古代チベット帝国期かサムイェ寺院前の古チベット語碑文。彩色は最近のもの。岩尾一史 いわお かずし / 神戸市外国語大学客員研究員、AA研共同研究員古チベット語史料は忘れ去られた古代チベットの情報の宝庫である。ヨーロッパで史料を探し、チベットでフィールドワークをすることで、ようやく全体像がつかめてきた。探索中に出会った数々の喜びや苦労について紹介したい。四川省チベット自治区中華人民共和国甘粛省青海省ラサ玉樹石渠成都蘭州西寧青海湖

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