FIELD PLUS No.14
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19FIELDPLUS 2015 07 no.14植物園所蔵のアイヌ物質文化資料の「複製」制作を依頼し、その「複製」作品とあわせて制作時の感想や気づきを語っていただいた映像、そこでの一連の実践過程を展示するという方法を採用した。 本展示における「複製」という言葉は、単純なコピーという意味ではなかった。ここでの「複製」は、現代に生きる工芸作家が、自らのできる範囲で、できるだけ先人の残した作品に近いモノを作る試みを意味していた。よって、厳密にいえば「複製」された作品は、その工芸作家の新たな作品といえる。また、できあがった「複製」作品だけでなく、「複製」の過程のなかでの工芸作家の気づきや学びも重視した。実際の展示では、古い博物館資料と現代工芸作家の「複製」作品を並べて配置し、その両者の間に受け継がれる文化を観覧者に感じてもらえるように工夫した。展示準備のなかで 展示準備のなかでは、多くの文化人類学的な気づきがあった。冒頭の問題意識に沿えば、展示準備の場をフィールドワークしたのである。 ある工芸作家は、「複製」するために古いアイヌ物質文化資料を調査する博物館の現場が、「自らの文化を取り戻す場」であると語ってくれた。ある工芸作家は、「複製」作業について、先人の作品に残された手あとをトレースするように自らも手を動かすことで、かつての作り手が制作時に感じたであろう心的感情を追体験したと語ってくれた。また、「複製」を何度も経験することで、アイヌのモノ作りのルールが、自らの手のなかに入ってくると語ってくれた工芸作家もいた。ここでのルールは「伝統」と言い換えることができるかもしれない。さらに「複製」をおこなうなかで、先祖の知恵や技術の素晴らしさに感動することで、先祖へ尊敬の念を抱き、自らが内面化していたアイヌ差別を克服することができたと語ってくれた工芸作家もいた。 これらの言葉は、先人の手わざが、博物館資料の「複製」をおこなうことを通じて現代の人々に身体化されたという意味で、ひとつの文化伝承といえるかもしれない。「複製」の現代的意義 本展示をつうじて、「複製」という作業がもたらす現代的意義について考察を深めることができた。左下の図は、アイヌ民族と博物館の関係と、そこで「複製」という作業が占める位置を試論的に図化したものである。 まず、博物館の現状として、博物館に所蔵されているアイヌ物質文化資料の経年劣化が進み、修復を要する資料が増加しつつあることを指摘できる。博物館資料の修復には、保存科学的な専門知識が必要だが、同時に、それぞれの資料や伝統技術についての知識が不可欠である。しかし、アイヌ物質文化資料の修復に対応できる技術者は、非常に少ないのが現状である。 一方、アイヌ民族の現状として、現在、アイヌ文化の文化復興のあり方を模索している状況がある。モノは博物館に残っているが、それを制作する技術の伝承が途切れてしまっているケースも珍しくない。また、自らの文化を学ぶ場が不足しているのが現状である。 筆者は、このような両者の現状のあいだに本展示で実践した「複製」を 位置づけることができると考えている。ここには、研究の対象にとどまらない、博物館資料の新たな仕事の可能性を見出せるのではないだろうか。新たな物語を残す 現在、世界各地で、先住民族による文化復興の動きが盛んになっている。そこでの活動は、言語、舞踊、工芸など多岐にわたるが、本稿で紹介した活動もそのひとつとして位置づけられる。かつて博物館にモノを提供した「調査される側」の人々の子孫たちが、自らの先祖のモノにアクセスし、そこから新たな活動を展開するというポストコロニアル的な状況は、アイヌ民族に限らず世界各地の先住民族に認められる。例えば、台湾の原住民族タイヤルは、本稿で取りあげた実践とほぼ同じ実践を「重製」と呼び、文化復興運動を展開している。筆者は、このような先住民族による活動が、世界規模でパラレルに展開していることに学問的な魅力を感じている。 フィールドワークで収集された資料が、博物館の収蔵庫に残されることは、そのモノの終焉を意味しない。博物館に残されたからこそ、そのモノの新たな仕事が始まり、そこから新たな物語が生み出されることもある。残された博物館資料から新たな物語が生み出され続けるようなシステムを構築し、同時に、その新たな物語が生み出される現場をフィールドワークし、そこで生まれた新たな物語を記録し残していくことが、これからの文化人類学のひとつの仕事ではないかと筆者は考えている。展示終了後に、新千歳空港国際線ロビーに展示された木綿衣(山本みい子氏制作)。「複製」された作品たちは、現在も様々な場所で新たな仕事をしている。展示では、北大植物園所蔵資料(右)と現代工芸作家による「複製」作品(左)を並置した(太田榮子氏制作)。調査時のスケッチを参照しながら、自らの工房で「複製」作品を制作。儀礼用の矢筒に金属製の円盤をはめ込む(貝澤徹氏)。

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