FIELD PLUS No.14
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18FIELDPLUS 2015 07 no.14フィールドワークと博物館 文化人類学にとって、フィールドワークは最も重要な調査法である。文化人類学の研究者は、自らが設定した学問的課題を明らかにするために研究室を飛び出し、フィールドワークをおこなう。フィールドワークでは、フィールドノートに文字によって記録される情報だけでなく、映像、音声、物質文化など様々なモノが収集される。そして、ある時点で、フィールドワークで収集されたモノ、とりわけ民具などの物質文化は、研究者と何らかの関係を持つ博物館等に収められることが多い。この一連の行為は、文化人類学という学問が誕生して以来、連綿と続けられてきた。その結果、世界の民族学博物館には、世界の民族文化に関する物質文化が学術資料として厖ぼう大だいに蓄積された。後世の研究者は、それらの残された資料を研究し、また、展示してきた。ここで忘れてはならない点は、博物館に所蔵された資料へアクセスし、活用してきた人々の大半が、研究者に代表される「調査する側」の人々であったという点である。 近年、このような状況に変化が起こっている。かつて調査され、博物館に現在所蔵されている物質文化を提供した人々、いわゆる「調査される側」の人々が、自らの先祖の品々や情報が眠る博物館に関心を持ち、それらにアクセスしようと博物館を訪れるようになってきたのである。そして、この「調査される側」の人々の参入によって、展示だけでなく普段は人目に触れることが少ない収蔵庫も含む博物館という場が、文化人類学のひとつのフィールドとして立ち上がってきたのである。 筆者は、これまで世界各地の博物館に所蔵されているアイヌ民族の物質文化資料を調査してきたが、近年はそれに加えて、博物館という場をフィールドとしてとらえ直し、意識的にそこでの出来事を見つめるようになった。本稿では、このような問題関心を持つ筆者がおこなったひとつの展示実践を紹介したい。先人の手あと展 2009年2月1日から3月29日まで、北海道大学総合博物館を会場として『テエタシンリッ テクルコチ 先人の手あと 北大所蔵アイヌ資料―受けつぐ技』というアイヌ文化に関する企画展が開催された。筆者は、その責任者として関わった。本展示は、大きくふたつのコンセプトのもとに企画された。ひとつは、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園(以下、北大植物園)に所蔵されているアイヌ物質文化資料の存在を、多くの人々、とりわけアイヌの人々に周知し、活用してもらうための契機とすること。もうひとつは、それらの資料が活用される現場を通して博物館資料の現代的意義を探ることであった。これらのコンセプトを具現化する方法として、本展示では、現代のアイヌ工芸作家へ、北大残すことから生まれることを残す博物館というフィールド山崎幸治やまさき こうじ / 北海道大学アイヌ・先住民研究センター博物館には、フィールドワークによって収集された多くのモノが眠っている。近年それらのモノたちが収蔵庫での眠りから覚め、新たな仕事を始めつつある。のこす 3資料調査の様子(貝澤徹氏、浦川太八氏、於:北大植物園)。調査ではカメラやスケッチも用いるが、形や質感などは手の感覚で覚える。資料調査の様子(太田榮子氏、於:北大植物園)。札幌北海道伝統の漁具マレクについて、浦川太八氏より教示を受ける筆者(於:北大植物園)。資料を前に、素材の選定、漁のコツ、思い出話など様々なトピックを語っていただいた。博物館資料「複製」の現代的意義 (試論)。現在、博物館所蔵のアイヌ資料の経年劣化が進行「修復」の緊急性、修復技術者の不足、情報不足アイヌ文化の文化復興のあり方を模索中失われた技術、伝承者・学ぶ場の不足博物館アイヌ民族複製制作技術の向上、失われた技術の復活、技術+αの文化伝承の場、修復技術者の育成

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