17FIELDPLUS 2015 07 no.14個体の情報の集合は個体群として生態環境の情報となる。また、個体の死亡は狩猟活動を通じて人間と接触した時間を情報として有している。骨や歯を一つ一つ手にとり、サイズを計測したり、歯のすり減りかたを記録していくと、その個体がどれくらいの歳でどのような状態で死んでいったのかが頭に浮かんでくる。例えば、イノシシの歯は人間同様に乳歯から永久歯に生え変わり、それぞれの歯によって生え変わる時期が決まっている。また、人間とは異なりイノシシは1年に1回、春先に出産することから、遺された顎に生えている乳歯と永久歯の組み合わせによって、生後何ヶ月くらいで死んだのか、すなわち人間に捕獲されて食べられたのかがわかるのである。ただし、個々の個体のデータをばらばらに見ていたのでは全体像がなかなか見えてこない。統計的な分析をして、狩猟方法の異なる捕獲個体群の齢構成に違いがあるかどうかを検証してモデルを作ることになる。筆者が得た一つの仮説モデルは、犬を用いた追跡猟では大きな成獣個体が捕獲され、罠の場合は小さいものから大きなものまで自然状態の個体群の構成に準じた捕獲個体の齢構成になるというものであった。これは実際に遺跡から出土した骨の定量的分析に際して、解釈の一つの基準となりうる。 小さな骨に遺されたささいな事実をつなぎあわせていくことで、狩猟活動の実態やそれが行われていた社会の様子を理解するための手がかりが得られていく。こうした推論の過程を導き出す方法論的な調査がエスノアーケオロジーの根幹をなすのだろうと筆者は考えている。狩猟活動を記録し遺す意味 ところで、「自分で狩猟をやってみないと狩猟者の気持ちはわからないものだ」という言葉を時折、耳にする。それはそれで真理であるし、そうした姿勢で調査にのぞむことを筆者は否定しない。ただ、筆者はあまりタフなフィールドワーカーではなく、調査に際して自分が狩猟を行う余裕はないし、自身の狩猟を行う生活上の理由が見つからない。鉄砲や槍でイノシシを落命させる自信なぞないし、味方であるはずの猟犬だって、筆者を獲物と間違えていつか噛みつくのではないかと調査中はずっと気が気でない。狩猟はしないくせに、獲物が捕れたら興奮して解体を手伝い、それが終わるとみんなと一緒に肉を頬張る。なんとも都合のいい奴である。筆者の狩猟調査に協力してくれた人々はそれをいいとも悪いとも言わず、こちらのやりたいことをほぼやらせてくれてきた。原住民族の人々の寛容さにはいつも救われる。せめてこちらでできることはと考えても、狩猟自体ではほとんど役に立たない。調査者ができることは、自分のとった記録を誠実に現地に提供することしかなさそうである。もちろん、それを現地の人が自分たちの歴史の一部として遺してくれるか否かは別として。 他の調査者のことはよく知らないが、筆者は自分の調査や研究の結果を現地の人によく話す。先に述べた追跡猟と罠猟とでは捕獲される個体の齢構成が異なるといった話を当事者に自分なりに一生懸命に説明するのである。出版した本をさしあげてページを繰りながらくどくど説明したこともある。時には「それはちょっと間違っているな」と冷や汗をかくような指摘を受けることもあるが、そんな時は次の論文で挽回するしかない。 今でこそブログやSNSで原住民族の人々が自分たちの日常を記録し公開するということは珍しくないし、原住民族自身がオンラインで自分たちの文化に関する情報を集めている状況さえ生まれている。筆者もSNSの交流の輪の中に身をおきながら、情報が文字通り流れていく状況を目の当たりにして、何がこの中で遺されていくのだろうかということを考えるようになった。台湾の一地方の原住民族の村で行われていた狩猟活動をゴミ捨てのレベルまで調べたことが、原住民族の政治的、経済的、社会的優位性にどのように結びつくのかは不明であるが、筆者の書いたものを面白がって眺めてくれている様子を見ると、狩猟者自身やその家族は、狩猟活動の中で自分たちには見えなかったこと、気がつかなかったこと、思いもしなかったことが本のかたちになって遺されていることをまんざらでもないと感じてくれているように思う。 残さず調べてきっちりと記録をし、それを直接相手に伝えることで、事実を愚直に積み重ねることの意義がそれなりに理解してもらえているようである。1点1点計測し、写真で記録をとる(1997年3月撮影)。歯の萌出状態と異なる指標に歯の咬耗の状態がある。歯がすり減っている度合いが大きいほど、歯を使った期間が長いため、年をとっているという原理である。イノシシの下顎の臼歯(奥歯)のすり減り具合をスコア化して算出した相対年齢をM.W.S.(下顎骨咬耗指数)といい、その点数をフィールドで手書きのグラフにしたのが右である。捕獲した個体数のピークが複数あることの理由探しが翌日からの課題になった。咬耗スコア(T.W.S.)咬耗スコア(T.W.S.)点数a5g11d8j13b6h12e9k14m16c7f10l15n17点数第4臼歯第1・2後臼歯第4前臼歯第3後臼歯乳歯第1後臼歯f10+=第2後臼歯e9第3後臼歯d827(M.W.S.)永久歯捕獲したイノシシの毛をそいでいる様子(2014年8月撮影)。+
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