13FIELDPLUS 2015 07 no.14文化人類学 フィールドには様々なものが「のこさ」れています。代々受け継がれてきた品、非物質的な知識や技術、うち捨てられたゴミ。たとえ当事者には無価値であっても、研究者にはどれも貴重な資料となりえるものです。他方、時と場所を超えた価値を宿すものが失われていく現場をフィールドにする場合、研究者は、それらをいかに「のこす」かという課題に直面することになります。 一人目の寄稿者、呉人徳司さんは、内モンゴル出身で現在は日本の研究機関に所属する言語学者です。専門は、母国でも日本でもなくロシアのチュクチ語です。「民族固有の言語の存続は、その言語が親から次の世代へと確かに受け継がれるか否かにかかっている」と考える呉人さんは、チュクチ語の文芸作品や自らが採集した民話の集成を通じて、ロシア語優位の状況下で失われつつある言語を「のこす」営みを続けています。 二人目の野林厚志さんは、台湾先住民族の狩猟活動を調査する人類学者です。目指すは「残さず調べてきっちりと記録を遺す」こと。狩猟具や家屋、獲物の歯や骨をつぶさに収集・分析する手法は圧巻ですが、この研究手法に反映されている、「調査者ができることは、自分のとった記録を誠実に現地に提供すること」だという思いは、それだけに印象的です。 三人目の山崎幸治さんは、アイヌの物質文化を調査する文化人類学者です。一般のフィールドが資料を収集する野外を指すのに対し、収集後の資料が置かれる博物館をフィールドと捉え直す山崎さんは、収蔵品の複製事業を通じて「のこさ」れるのが、ただの物体ではなく、先人の手あとを辿る過程で現代の工芸家に身体化される技術や文化でもあった点を鮮やかに描いています。 フィールドに「のこさ」れたものを研究すると同時に、その成果をなぜ誰のために「のこす」のかという問いと真摯に向きあってきた三人の文章は、読み手の心にも、何かをふかく「のこす」のではないでしょうか。〈佐久間 寛 記〉
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