11FIELDPLUS 2015 07 no.14に対して「食べ物の受け手」という劣位にある者として、動物から与えられた食べ物を自分たちの間で常に分かち合わねばならないことになり、分かち合いが食べ物を得るためのルールになる。イヌイトの間で食べ物が分かち合われねば、動物の魂は再生することができなくなるため、動物はイヌイトに自らを食べ物として与えなくなってしまうからである。 ここで重要なのは、このルールをイヌイトに課すのは動物であって、イヌイトでないように工夫されている点である。そのため、イヌイトの間では、誰が誰に対しても命令することなく、誰もが食べ物を得るために同じルールに従って分かち合う信頼と協調の関係が生み出される。イヌイトは分かち合いのルールを課す命令を動物に託してしまうことにより、自分たちから「支配/従属」の関係を厄介払いし、皆が平等な立場で協調し合う信頼の関係を確立しているのである。 しかし、この代償として、イヌイトには動物を家畜化する道が閉ざされてしまう。もしイヌイトが動物を家畜化して支配したり管理したりすれば、分かち合いのルールをイヌイトに課すのは動物ではなく、その動物を家畜化して管理するイヌイトになってしまう。イヌイトの間で平等な信頼の関係が成立するためには、動物はイヌイトの誰に対しても優位な立場にあらねばならない。こうしてイヌイトは家畜化を行うことができなくなり、動物に従属する弱者の立場から動物に働きかける技、つまり「誘惑」の技を駆使する狩猟や漁労、罠猟に徹することになる。 さらに、「分かち合い」は、食べ物だけでなく、生業のための技術や知識の分かち合いを促し、協力して獲物をとる協働を動機づける。生業活動で得られる食べ物が常に分かち合われるため、横取りや裏切りを心配することなく、生業活動をともに行えるからである。むしろ、生業で得られる食べ物を独り占めできず、常に分かち合わねばならないのであれば、狩猟や漁労を単独で行ったり、技術や知識を独占したりすることに大きな意味はなくなる。こうして技術や知識を共有して一緒に働くことに積極的な意味がでてくる。 このように共有が当たり前のことになると、生業のための知識と技術は豊かになってゆく。その結果、イヌイトが新たな動物たちとの間に「食べ物の受け手として分かち合いの命令に従う者(イヌイト)/食べ物の与え手として分かち合いを命令する者(動物)」という関係に再び入る可能性が増すことになる(図3)。そして、この関係が成立すると、すべてが生業の出発点に戻り、もう一度、同じ循環が繰り返される。動物を通して家族をつくる:世界を生みだす装置としての生業システム こうしてイヌイトと動物の間の「誘惑/命令」の関係が、イヌイト同士の「信頼と協働」の関係と絡み合いながら循環してゆくと、イヌイトにとって「信頼して協働すべき者」としての「イヌイト(の拡大家族)」と「誘惑する対象にして、その命令に従うべき者」としての「動物」が異なる種類の者として浮かび上がってくる(図3)。もちろん、この循環過程で更新されてゆく動物との関係は、ひとつの動物種に限られるわけではなく、様々な動物種との間に結ばれる。そのため、イヌイトの拡大家族は、生業を通して複数の動物種と循環的に維持される諸関係の結び目となる。つまり、様々な動物の群れが相互に連結したネットワークの中に位置づけられながら、その結び目のひとつとしてイヌイトの拡大家族が生みだされるのである(図4)。このネットワークこそ、「大地」(nuna)と呼ばれるイヌイトの生活世界に他ならない。 このように動物との関係を巻き込みながら「大地」という生活世界を生みだし、その「大地」に埋め込まれた拡大家族をつくりだして維持するイヌイトの生業システムから、私たちは次のようなことを教えられる。ともに生きる集団をつくるということは、人間同士の関係を調整するだけでなく、周囲の生態環境との関係を巻き込みながら、世界をまるごとつくることでもある。ともに生きる術とは、他の動物種をも含めた生活世界の全体をつくる術であり、それは、近代国民国家体制の基盤となった社会契約のように人びとがともに生きる術だけでなく、人間はもとより様々な動物種とともに生きる術をも含むのである。イッカククジラの解体。2012年8月。① イヌイトが野生動物を誘惑。②野生動物が誘惑にのって自らの身体をイヌイトに与える。 =野生動物からイヌイトへの命令「我が身体を『食べ物』として分かち合え!」 ④イヌイトたちの協働。 =イヌイトの間で信頼と協調の社会関係の発生。⑤イヌイトたちの間で野生動物を誘惑するための戦術的な技の共有と錬磨。 ③野生動物の命令に従って、イヌイトたちが「食べ物」を分かち合う。野生動物「食べ物の贈り手」 イヌイト「食べ物の受け取り手」「信頼して 協調し合うべき者」「誘惑/命令」の相互行為「我が身体を『食べ物』 として分かち合え!」誘惑命令「信頼と協調」の相互行為野生動物「食べ物」(自分の身体)を与えて助ける与えられた「食べ物」を分かち合って食べ尽くす古い身体「真なる食べもの」 (niqinmarik)「魂」(tagniq)の再生新たな身体「魂」の再生を助けるイヌイトカリブーの群れ A拡大家族 Aホッキョクイワナの群れ Aオオカミの群れ Aアザラシの群れ B拡大家族 Cカリブーの群れBイッカククジラの群れ Aアザラシの群れ A拡大家族 Bホッキョクイワナの群れ Bホッキョクグマの群れ A図1 イヌイトの生業の循環システム。図2 イヌイトの世界観におけるイヌイトと野生動物の関係。図3 イヌイトと野生動物の関係。図4 「大地」(nuna)の概念図。
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