9FIELDPLUS 2015 07 no.14た。サピエンスがヨーロッパに到着したのは4.8~4.5万年前ころといわれる。ヨーロッパにはサピエンスと従兄弟のような関係にあるネアンデルタール人が昔から住み着いていた。両者は数千年同じ地域で暮らしたが、4万年前にネアンデルタール人は消滅し、一方サピエンスは分布を一気に拡大していった。「交替劇」と呼ばれる出来事である。何が両者の運命を分けたのか。サピエンスとの直接的抗争によってネアンデルタールが絶滅した証拠はない。環境適応力、繁殖能力、脳機能、言語能力などの相違が主張されているが、私としてはヒトと自然との関係のあり方に注目したい。すなわち「交替劇」の時代をはさんで急速に狩猟具が多様化・精密化し、多様な環境が緻密に利用されるようになった。また「交替劇」以降、自己意識の急速な向上、動物をモチーフにした芸術作品の制作開始、死後の世界観の発達などがみられる。この時代にヒトと自然界との関係が大きく変化したことはまちがいない。それに連動して学習行動・学習能力も大幅に向上したようだ。文化人類学者レヴィ=ストロースの言うように、自然はヒトにとって単に食べるによいものから、考えるによいものへと変わったのである。 エフェや現存する狩猟採集民の学習行動を調べると共通した特徴が見えてくる。自然の中で学ぶことであり、それもコミュニケーションを基盤とした学びである。動物一般に見られる学習方法は同種他個体の行動を観察してそのまま模倣するもので、ヒトでもこれはもっとも基本的な学習方法だが、ヒトにおいては他の動物にはできない学びがある。それはヒト以外のものからも学ぶことだ。そのとき使われるのが「対話」である。 エフェたちは日課として森の中を歩き回る。森の変化一つ一つに目を凝らし、森の音に耳を澄ます。自然の動きを何一つ見逃さず、自然に語りかけ、自然から答えを聞き出す。自然と対話しながら日々その新しい姿を発見する。新発見は創造性を喚起し、行動の革新を導く。生きるための学習と行動の革新がルーティン化された生活である(図2)。このような発見と創造の学びは現代社会を特徴づけるイノベーションの基盤となっている。「交替劇」の時代、自然との対話に目覚めた人類は、はからずも今の私たちにつながる文化進化の地平を切り開いたと思われるのである。写真2 エフェの小屋と家族。写真1イトゥリの森とエフェのバンド。写真4エフェの女性と農耕民との家族。写真3エフェが農耕民の村に遊びに来てダンスを踊る。図2自然の中における学習サイクルと創造性。図1 森の中でつながる人々。自然を歩く観察強化対話想像力模倣知識・理解興味・好奇心探索創造的行動発見近隣集団家族バンド遠くの人々はるかな人々
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