8FIELDPLUS 2015 07 no.14狩猟採集社会は人と人がつながる社会である。家族、少数の家族からなる居住集団(バンド)、そしてバンドをこえた人々にまで自立と信頼を基盤とするネットワークが広がっている。人と人をつなぐ技術は人間界だけに止まらず、自然界の諸要素にまで拡張されている。これこそヒトの文化進化をもたらしたきわめて重要な要因である。はなく、数日かけてたどり着くような遠いところに住む人々ともつながっていて、時折そのような人々が訪れてきては旧交を暖める。若い人が配偶者探しに行き来することもある。果てしもなく広がる森の中に、目には見えないが脈々と絆のネットワークが息づいている(図1)。 エフェに限らず世界各地の狩猟採集民たちは、小集団で自立しながらも他の人々と親密な交流を保って生きている。自立していること、束縛されないことは狩猟採集民のもっとも大切とする価値であり、彼らは他人に拘束されることを何より嫌う。しかもそれは自他を切り離すことによって得られる自立や自由ではない。それどころか他の人々と親密につながっているからこそ安心して生活し、気ままに生きることができるのだ。 エフェは仲間うちばかりではなく、異民族の農耕民たちとも絆を形成している。両者の間には争いごとも生ずるが、その一方で相補的、互恵的な関係が築かれている。彼らの間には血のつながりがない者どうしが「親子」「兄弟」といった親族関係をもつこと、すなわち擬制的な親族関係が構築されている。いったん「親子」とか「兄弟」といった関係になると、互いに「私のピグミー」「私の村人」と呼び合い、親は「親らしく」、子は「子らしく」、兄弟は「兄弟らしく」振舞う。エフェはしばしば農耕民の村を訪問し、自分の村人に蜂蜜や獣肉などの森の産物を届け、村人はエフェに農作物や日常雑貨などを与える。村人はエフェの娘を養女として村で育てることもある。彼らはこのようにして、双方に生ずる利点を享受しているのである(写真3、4)。コミュニケーション力と開かれた社会 以上のように、さまざまな人々と友好的エフェ・ピグミーと「つながる社会」 筆者は今からおよそ40年前、当時ザイールと呼ばれていたコンゴ民主共和国でエフェ・ピグミーの生態人類学的調査をした。エフェはアフリカ中央部に広がる熱帯雨林の先住民であり、狩猟採集の民であった(写真1)。狩猟採集はヒトの歴史においてもっとも古い生活様式であり、およそ700万年前にヒトの祖先とチンパンジーの祖先が分れて以来、生計システムとして人類を支えてきた。現代人の社会基盤や行動様式もそこで生まれたものだ。しかし、今では狩猟採集民は地球上の全人口の0.01%にも満たない。それらの人々もほとんどが小規模な農耕や牧畜を組み込んだり、賃金労働などに携わって辛うじて生計を立てている状況である。 エフェは10家族前後の小さな集団(バンド)で暮らしている。バンドは親子・兄弟といった血縁で結ばれた人たちに加え、よそのグループから結婚して入ってきた人々や友人などから成り立っている。結婚はほとんど一夫一妻婚で、子どもは両親と同じ小屋で寝起きする(写真2)。バンドは経済的にも政治的にも自立したユニットであり、森の中をあちらこちら季節に合わせて移動しながら、気ままに暮らしている。バンド内では食物分配が励行され、他人に命令せず他人からも命令されず、身分の格差をつくらないといった平等主義が大切にされている。 エフェの人口密度は10平方キロに1人ていどであり、広大な森の中に埋もれるようにして暮らしている。しかし、エフェの人々はけっして孤立して生きているのではない。他のバンドとは頻繁に往来がある。近隣のバンド間ではしばしば食料、生活用品などの物資のやりとりがある。共同作業や儀礼などもおこなわれる。近隣ばかりでな関係を保つことはヒト社会の大きな特徴である。それはヒトと共通祖先をもつチンパンジーの社会と比較するとよくわかる。チンパンジーも数十頭ていどの集団を形成して暮らしており、自己の集団内では親密な関係がある。しかし、隣接する集団との間には深い溝がある。時には激しい攻撃や襲撃が発生し、殺戮や一方の集団の消滅といった事態が生じる。もっとも、若いメスたちはそのような深い溝を越えて他の集団に入り、そこで繁殖行動に入るのだが。 ヒトもけっして平和な動物ではない。憎み合い、大規模な戦争に至ることもある。隣接集団どうしで家畜略奪の応酬が常態となっている社会もある。ただし、そういった中でもヒトは他の人々とつながりをつくる技術をもっている。挨拶、贈物、飲食のもてなし、共同作業、娯楽の共有などが敵を友に変え、争いを友好に変える。これが生物学的(遺伝的)能力か、文化的(後天的)能力かは定かではないが、他の霊長類とはその後の社会進化において決定的な違いをもたらした能力であることは確かだ。コミュニケーション力といえるだろう。共同性という目に見える形で意思を通じ合う手段を発達させたことによってヒトは孤立的な社会から、より多くの集団、多くの人々を含む開かれた社会を形成することが可能になったのである。自然から学ぶこととサピエンスの文化進化 コミュニケーションを基盤にしたつながる技術は単に社会生活の中でだけ有用なのではなく、自然界との関わりにおけるヒト特有の学習行動としてヒトの文化の進化に大きく貢献した可能性に触れておこう。現代人ホモ・サピエンスはおよそ20万年前のアフリカで誕生し、約10万年前にはアフリカを出てユーラシア大陸各地に広がっ森に生きる技術人とつながる・自然とつながる寺嶋秀明てらしま ひであき / 神戸学院大学、AA研共同研究員コンゴ民主共和国ムブティビラレッセブ二アアルバート湖イトゥリ川マンバサマワンボベニイトゥリの森エフェアンディーリ赤道ウガンダ
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