FIELD PLUS No.13
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6FIELDPLUS 2015 01 no.13ついて、「サファリコムにプレッシャーをかけた」という表現でいきさつをマラキは語っていた。都心部のお金持ちが使える道具としてのケータイをケニアの人々は、経済階層に分断されることなく、さらに周縁地域においても使えるよう望み、そしてその望みは少しずつ実現していったといえよう。現在でもネットワーク拡大の計画は着々と進んでいる。 ケニアのケータイ普及は2000年代の初期から現在にかけて急速に設備が整って、実現していったと考えられる。これは、固定電話の普及率が低率であり、通信に対する潜在的ニーズが高かったということ、固定電話と比較してインフラの整備が容易であること、それゆえに安いコストで利用できるといった事情が関連している。 通話シェアサービス(air-time sharing service)も普及に拍車をかけた要因のひとつである。これは、SIMカードに課金登録されている利用料金の一部もしくはすべての料金を他のSIMカードに移し替えるサービスである。ケニアで調査をしているとき、アシスタントや知人にケータイの利用料金を分けて欲しいと頼まれることがある。もし筆者が利用しているケータイ番号に携帯利用料金が前払いされていたならば、簡単に自身のケータイから他のケータイへと利用料金を分けることができるのだ。たとえば、500シル分の前払い料金が筆者のケータイに登録されていたとする。携帯電話会社にケータイメールで「300シルを0722******番へ」という指示をだすことによって、筆者のケータイには200シル分の利用料金が残り、相手先では300シルの利用が可能となるのである。このサービスを利用することによって、現金の持ちあわせがなくともケータイを利用するための助け合いがおこなわれるならば、メールや通話が可能となる。通話シェアサービスが貧困層のケータイ利用を容易にした。 また2007年にサービスを開始したM-PESAでは、ケータイによる送金も可能となった。ケータイ間でのお金の送受も可能であるが、送金者がケータイを使用していれば、ケータイをもたない人に対しても送金可能であるという点が画期的であった。ケータイショップを送金先に指定し、受取者が名前、IDカードとそして合言葉をショップに伝えれば、お金を受け取ることができるのだ。 このように、急速なケータイのサービスの発展とともに利用者が増加していった。そして、ケニアはドラスティックな社会変容を経験している。これまで、途上国におけるケータイの普及については、経済に関するサクセスストーリーが感動をもって伝えられることが多かった。もっとも有名なものでは、バングラデシュのグラミンフォンに関するレポートだろう(N. サリバン『グラミンフォンという奇跡:「つながり」から始まるグローバル経済の大転換』東方雅美・渡部典子訳、英治出版、2007年)。途上国ではない日本でもケータイ普及に関しては、経済成長の救世主として、ひいてはテクノナショナリズム(技術を日本の国家的アイデンティティとする思想)へと通じる物語が人口に膾炙した。しかし、メディア研究においてより重要なことは、メディアが社会のなかに埋め込まれ、日常的に利用される、その行動を詳細に捉えることである。そして、その新たな行動スタイルが定着することによって、人々の社会的態度や意識に影響を与え、社会関係を再編していく様態を分析していかなくてはならないだろう。 とくに、周縁地域に生きる人々は、電子メディア空間をどのように利用しているのだろうか。ケニアのメディア普及は、ケータイからはじまった。これを契機として、さらに、深化していくことは明白である。この初期段階において、人々のケータイ利用について記述しておくことは、メディア環境の変容と人々の生活や社会意識などとどのように連関するのかという点を議論したり、モバイルメディアによるグローバルな情報環境の動態を議論したりするうえで重要なことだと思われる。そうしたことについては、これまでヨーロッパとアフリカ、北米と南米といったように、地理的にくくられて説明され、格差が論じられてきた。現在では、情報化が進み、情報空間における格差や問題を捉え、新たな意味での周縁を意識した調査研究が求められている。あちらこちらにみられるケータイの宣伝。トゥルカナ・カクマのまちの食堂で電話(2010)。

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