34FIELDPLUS 2014 01 no.11われた漁師が舟もろとも噛み砕かれ、死亡したのである。事故は現場から約150km下流に位置する首都ニアメの官庁に報告され、狩りが実施されることになった。官庁所属のハンターが派遣されるとともに、地元の漁師が招集された。ハンターが猟銃を携帯していたのに対し、漁師の手に握られていた狩りの道具こそが銛だった。わたしの目に、どちらが標的をとらえるかは明らかにみえた。だが結論だけいえば、カバをとらえたのは銃ではなく銛だった。 ハンターが身の安全を確保するため遠方の岩場から照準をあわせたのに対し、漁師たちは複数の小舟でカバを囲いこみ、その輪を徐々に狭める形で対象との距離を縮めていった。この間合いの取り方が成功の一因だったことは確かである。ただし現地の人びとは、かならずしもそう考えていなかった。対象がカバである限り、銛が銃に秀でても不思議はないとみなしていた。銛の力、銃の力 そもそも現地社会において、「銛」はたんなる道具ではない。名前と人格、雌雄の区別を備える生き物にちかい何か、ありていにいえば呪物である。ゆえに誰にでも扱えるものではなく、河をめぐる呪力と知識を代々受けついできた「漁師」――その現地語「ソルコ」には「呪術師」としての意味がある――にのみ使役可能である。使役するとはいっても、命令したりお願いしたりするのではない。銛が標的に刺さった瞬間に名前を呼び、「誉める」のである。誉め言葉には一定の形式があり、これによって気持ちを鼓舞された銛は、標的の体内に深く入るのだとされる。 銛はかように特殊な力を帯びるがゆえに、みだりに使用されることはない。具体的にはカバやワニなどが対象の場合に限られる。それはこれら河の動物が、精霊や悪魔と同様に、通常の道具では歯が立たない存在とみなされているからだ。もっとも現在この地域でカバ狩りがおこなわれることはごく稀である。フランス植民地期以来、野生動物保護の名目で当局が禁じてきたためである。 ニジェールが植民地化されて間もない1900年頃、異様な事件が起こっている。わたしの調査村ちかくで、フランス軍将校一名が現地住民に殺害されたらしいのだが、異様というのはその際用いられた凶器が銛だった点である。現地社会の論理に照らして、この最強の呪物が人間に使用されることなど通常はありえない。近代的火器によって植民地支配を確立した外来者は当時、カバにも等しい人外の力の主とみなされていたのかもしれない。ニジェールでのカバ狩り 「ニジェール」とは、アフリカ第三の大河の名であると同時に、この河の名を由来とする共和国の名でもある。わたしは同国西部のニジェール河流域で住みこみ調査をおこなった。ここにある「銛もり」(現地ソンガイ語では「ゾーグ」)は、調査中に遭遇した、とある出来事をめぐる思い出の品である。カバ狩りという出来事である。 カバというと、穏和で優しい草食動物といったイメージがあるのではないだろうか。それは現実からかけ離れたイメージである。専門家によれば、カバは「最も危険なアフリカの動物の一種」であり、「時速45kmで疾走し、頭突きし、噛みつく」ため、「多数の死亡事故の原因」となる。 現にわたしの調査中にも、痛ましい事故が起こった。子連れの雌カバに襲筆者所蔵の銛(雌)。持ち帰った金属製品のうち、これだけがなぜか錆びない。水中に潜むカバを囲む漁師たち。仕留められた子カバ。岩場で銃を構えるハンターたち。雄の銛。雄には返りが3つ、雌には4つある。佐久間 寛さくま ゆたかAA研ニアメニジェールニジェール河2015 01 no. 13[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス
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