FIELD PLUS No.13
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25FIELDPLUS 2015 01 no.13セーシェルマダガスカルレユニオンコモロ話地域はグランド・コモロ島の他に、コモロ移民の居住先(マダガスカル、レユニオン、パリ、マルセイユ)も含んでいる。採話の際には各地の協力者に語り手の紹介を依頼しているが、それが必ずうまくいくとは限らないし、良質な語りがどこで得られるかも運次第である。全般的に言えるのは、故郷を離れた方が民話は生き残るケースが多いということである。マルセイユで、年老いたコモロ人母娘が披露した、伝統的な掛け合いを交えた語りは、今のコモロ本国ではなかなかお目にかかれないだろう。セーシェルでは面会の約束を何度もキャンセルされ、手ぶらで帰る覚悟をしていたら、国立文書館で埃を被ったタイプ原稿が棚ぼたのように出てきた。未刊行のようなので、デジタル化とセーシェル・クレオル語/日本語の対訳による出版の許諾を得たが(部数の40%をセーシェルの観光・文化省に譲渡するという条件で)、先方にしてみれば、ミスタイプが多く正書法もめちゃくちゃなテキストの校訂をわざわざやるような外国人がやって来たということだったのかも知れない。原稿の細部を確認するために翌年再訪したところ、文書館にキノコが繁殖し過ぎて閉館を余儀なくされ、再開するのは未定ということである。民話データベースの現状 「データベース」と言っても、現在はテキストの公開にとどめており、様々な項目を用いた検索ができるようになるにはまだ数年かかる予定である。公開しているテキストのジャンルは大きく分けて2種類あり、民話(採話したものや未公開の資料)、そしてライフヒストリー或いは伝承である。テキストの大半は日本語に訳したものであるが、オリジナルのテキストや採話音源の一部も公開している。テキストはすべて調査地で集められたものであり、その意味でこのデータベースは、フィールドワークとその成果の情報資源化とを直接結びつけたものであると言えよう。民話を集める 最も多く集めたのはコモロ民話であり、採インド洋西域の島々で集めた民話をデータベース化する作業と並行して、情報生物学のツールを用いて物語モティーフを分析することによって、物語の「進化」過程を表す系統樹を作成し、物語構造の特徴を探る。民話の類似性 民話には、登場人物や細かい部分は若干異なるが、筋はほとんど同じというものが世界中に数多くある。人間の思いつくことなどたかが知れているので、たまたま違う場所で同じような物語が発生したのかも知れないし、或いはまた、人や書物を介して或る地域から他の地域に伝播した可能性もある。民話学では、アジア・アフリカの広い地域で語られる多くの民話の起源はインド説話であるという説が有力とされており、インド洋は東西の中間地点なのでその例に事欠かないが、個別的な伝播経路を特定するのは恐らく不可能だろう。例えば、セーシェル民話の「猿と鮫」はインドの説話集『パンチャタントラ』や『今昔物語集』を始め、アジアの国々に流布している類話のひとつであるが、セーシェルにたどり着いたのがインド経由なのか、『パンチャタントラ』を翻案したアラビア語の寓話集『カリーラとディムナ』からなのか、或いはまったく別の経路なのか、いずれも予測の域を出ない。もうひとつの例を挙げると、「動物の言葉を解する人間がそのことを他人に話すと死ぬ」という物語の幾つかのバージョンがセーシェルにあるが、これは『千一夜物語』で最初に語られる物語内物語(支話)の類話である。長大な『千一夜物語』の最初の支話だけが記憶に残り、それを翻案した語り手がセーシェルにいたということなのだろう。不思議なことに、動物の言葉を解するきっかけが蛇であるバージョンはセルビア民話にもある。民話の分析 「物語=生き物」という考え方はかなり古くからあり(アリストテレースも『詩学』の中で書いている)、それならば、情報生物学の分析方法が民話にも使えるのは当然である。図1は、コモロ民話の中のいわゆる「昔話」をモティーフ連鎖に変換した後、ツールを用いて連鎖間の類似度を測定し、それをもとに進化過程(もちろんあくまでも類推である)を示す系統樹を出力した図である。この図が示しているのは、コモロ民話ではトリックスターが登場する物語には超自然的存在はほぼ現れないという事実である。一方、セーシェル民話ではそのような制約はなく、これは物語論の先駆者クロード・ブレモンが「物語世界を支配する法則」のひとつとしている「個別的な物語世界内の慣習」の相違によるものだろう。このように、定量的分析から定性的分析を導き出すことの出来る応用研究が、IRCの目指している研究活動のひとつであると(自分では)思っている。インド洋民話のデータベース化「インド洋民話のDB化」プロジェクトhttp://www.aa.tufs.ac.jp/~odaj/contes_ocean_indien.html小田淳一おだ じゅんいち / AA研コモロでの採話。AA研とセーシェル共和国観光・文化省が共同で刊行した『セーシェルの民話I』。イラストは、絵心のあるインフォーマントがクレヨンで描いた「猿と鮫」。図1 コモロ民話の「進化」系統樹。スケールバー(0.1)は「座位あたりの置換数」を示し、同じ長さの枝長があれば、特定の座位で10%の置換が起こったと推定される「進化距離」を表す。IS12 2IS19 1IS11 2IS123IS04 1IS133S56 2IS128D06 1I09 1ISD26DS06 2D130D02 3S19 2S15 2S65 1S23S55 1S34IS14 1S30S20 2S20 1S61 S18D09 2S12 1S29 2IS125 IS02 1S126 D124S32D02 2 S370.1

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