24FIELDPLUS 2015 01 no.13〇●●中国カチン州ミッチーナーミャンマーネーピードーヤンゴンタイラオスバングラデシュインドセーシェルマダガスカルレユニオンコモロ カチン州は14〜15世紀にはタイ系民族の勢力圏内にあった。後にその名称の由来である「カチン」と総称される民族群が優勢となり、またビルマ人や中国系・インド系住民も居住するようになった。そのため、カチン州にはタイ系言語、ジンポー語などカチンを構成する民族の言語、そしてビルマ語やアーリア系言語など、様々な起源の地名が混在する。これらの地名の意味や起源ごとの分布を調べることで、諸民族の過去の動向の一端が明らかになることが期待できるが、そのためにはまずカチン州の地名の包括的なデータを整備するという基礎作業が必要となる。それで、IRCプロジェクト「地名にみる歴史の痕跡」の活動の一つとして地名データベースを構築することにし、AA研特任研究員の梅川通久氏の協力を得て作成した。データベースのソース このデータベースは、次に示す3種のソースに含まれる地名データを統合したものである。 1.アメリカ国家地理空間情報局が作成管理する世界の地名のデータベースGEOnet Names Server。カチン州分の項目の地名、種別、経緯度などのデータを用いた。 2.ビルマ社会主義共和国連邦宗教内務省が1974年に編纂した行政単位名とその階層関係(第1位:州/管区、第2位:郡、第3位:市/村落群、第4位:市内の地区/村落)のリストのカチン州分。原典はビルマ文字で書かれているため、ビルマ文字の各構成要素にローマ字文字列を1対1対応させた綴字転写で入力してデータ化。 3.東亜研究所が1943年に出版した『ビルマ地名要覧』。カチン州分の項目の地名と、その地名についての日本語による記述の一部を用いた。異なる表記の地名を関連付ける これら3つのソースの地名データを統合するためには、各ソースに含まれる項目の間の対応付けを行う必要がある。地名はソース1と3ではMyitkyina(ミッチーナー)ミャンマー連邦北部のカチン州には、民族構成を反映して様々な起源の地名が混在する。この地域の民族誌研究の基礎資料となる地名データベースをどのように構築したかを、異なる資料間の地名項目を対応付ける方法を中心に振り返る。のように慣用ローマ字表記で、ソース2ではmrac'krii:naa:(ミッチーナー)のようにビルマ文字の綴字転写で、それぞれ与えられる。ビルマ文字も慣用ローマ字表記もビルマ語の音を表すものだが、両者の対応はビルマ文字の歴史的事情などにより一筋縄ではいかない。複雑な対応関係を解きほぐして、ソース2のビルマ文字表記地名に対応する慣用ローマ字表記が取り得る可能性を導き出し、その全てをソース1、3の慣用ローマ字表記地名と照合することで、異なるソースの項目間の対応付けを行った。 実際には、複数の村が同一名を持つことは珍しくなく、同一名を持つ村のあるものがソース1にのみ含まれ、別のものがソース2のみに含まれるといったこともある。例えば、ソース1にJagun(ジャーグン)という名の村の項目があり、それに対応するgyaa:gwan'という名の村の項目がソース2にある。地名を見ただけではこの2つが同一の村の項目かどうかわからない。どうやって判断すればいいだろうか? 2つの項目の村が異なる位置にあることがわかれば、確実に別の村だと言える。位置の情報として、ソース1と3には経緯度が含まれ、ソース2には経緯度の情報はないものの行政単位の階層関係、つまり村(第4位)がどの郡(第2位)に属するかの情報が含まれる。そこで、郡の境界が引かれたカチン州の地図に10分単位の経線・緯線を引き、線で区切られた区画にどの郡が含まれるかのリストを作成する。ソース2のgyaa:gwan'はスムプラブム郡にあるが、ソース1のJagunの経緯度(北緯26度33分・東経96度25分)を含む北緯26度30分~40分・東経96度20分~30分の区画は全体がタナイ郡の範囲内にあり、これら2つの項目が別の村のものであることがわかる。 これまで述べてきた対応付けのプロセスをプログラミング言語の1つであるPerlで半自動的に処理し、それでも対応付けを確定できない場合は個別に判断した。公開と今後の展望 現在、プロジェクトのウェブサイトでこのデータベースを試験的に公開している。 検索窓に地名を入力して「検索」をクリックするとヒットした項目の一覧が現れ、項目の先頭にあるリンクをクリックすることでデータの詳細を見ることができる。また、項目の位置がGoogleマップで表示される。 将来的には、地名の語源情報を付与するなど、データベース構築の本来の目的に沿った拡張を行うことを考えている。カチン州地名データベース「地名にみる歴史の痕跡」カチン州地名サブプロジェクトhttp://www.aa.tufs.ac.jp/~sawadah/gnames/gnames-kachin.html澤田英夫さわだ ひでお / AA研カチン州地名データベースの検索結果画面。州都ミッチーナーの東縁を流れるエーヤーワディー(イラワディ)川。タイ系言語ではナムキウと呼ばれる。ちなみにミッチーナーはビルマ語で「大きな川のそば」の意。ミッチーナーの市場通りの風景。コンクリート造りの中央市場が午後4時頃に閉まった後は、野菜・果物・乾物などは道端や路上の店でのみ購入できる。
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