FIELD PLUS No.13
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ドの行政機関、住民、技術者等、様々な現地の関係者がやる気になって自ら動かなければ成功しないものであり、大学という調査研究が主体の機関としてはチャレンジングな取組みでもあった。それでもこの対策プロジェクトが実施できたのは、インド側と宮崎大学側の双方から、安全な水の確保と健康対策の意義を理解し、同時にそれを実現しようとする志を共有した仲間が集まり、一つのチームとして組織されたからである。ちなみに、私はこのプロジェクトの全体支援と事業評価という立場で参画した。 インド側は、環境問題に取り組む現地NGOのエコ・フレンズ(Eco Friends)が現場活動において宮崎大学メンバーと日々一緒に活動するパートナーとなってくれた。特に、インド国内で有名な環境活動家であり、このNGOの代表でもあるラーケーシュ・ クマール・ジャイスワール氏(以下、ラーケーシュ氏)は行政との交渉経験も豊富でインドのコミュニティグループとの調整役も含めて本プロジェクトの大きな推進力となってくれた。また、宮崎大学側は、学内に 「持続可能な生活環境の構築」を理念として国際協力を推進するIRISH(アイリッシュ;International Research and Innovation for Sustainable Human-life)という学際的研究グループがあり、このグループのメンバーが中心となって医学や工学等のそれぞれの専門性を生かす総合的な現地活動を行う体制が組めた。但し、これも大学組織としてこのようなグループ活動を支援する素地や国際貢献事業を推進する方針、実質的な資金支援等の後ろ盾があってのことであり、恵まれた環境にあったことが根底にある。 このようなチーム体制が整ったことで、現地でのヒ素対策事業、具体的には、(1)ヒ素の除去技術の開発と浄水施設の設置、(2)住民の検診技術の向上、(3)住民の安全な飲料水に対する知識の向上の3つの柱からなるプロジェクトを開始した。悪戦苦闘の日々 幾多のプロジェクトがそうであるように、本プロジェクトも通算して約4年半の実施の間は、平たんな道のりではなかった。予期せぬ障害や苦戦したエピソードはこの誌面では十分に書きつくせないほどにある。例えば、インド側のやる気と行動を引き出すことについても、実質的なインド側行政責任機関であるバフラーイチ県との調整は相当な時間と労力がかかった。そもそも、プロジェクト期間の4年の間に県知事が5回も代わり、知事間の引継ぎというものも行われていなかったので、知事が代わる度にプロジェクトの主旨説明や人間関係構築等のために、当時プロジェクト調整員として現地長期滞在していた矢野靖典助教とラーケーシュ氏が知事庁舎に日参した。ただ、やっと人間関係を構築できたと思いきや、また選挙や人事的な事情で新たな知事に代わってしまい、振り出しに戻るという状況であった。 他方、住民の安全な飲料水への意識向上の活動については、我々の側の経験不足を認識させられた。事業開始当初、ヒ素についての啓発パンフレットを作成し、住民に説明して回ったが、高齢の方が、我々の作成したパンフレットを読まずに子供に渡しているのを見て、我々がしっかり読むようお願いしても、「わかった」と言いながらやっぱり子供に渡してしまう。よくよく考え、この方が文字を読めないことに気付き、我々の計画の短絡さを思い知らされた。識字率などの数値は見ていても、実感として理解していなかった。研究と対策の両輪 前述のとおり、対策事業という「かえす」ことに繋がる一つの行為において、困難なことは多々あったが、研究機関としての強みもあった。インド側の行政機関もプロジェクトチームが実態に基づく数値を示して説明することで徐々に動き始めた。このような科学的根拠に基づく説明は、調査研究を柱とする大学の得意とするところであり、プロジェクトチームはインド側の行政機関等に対し正確なヒ素汚染の実態を丁寧に説明することで彼らに正しい理解と対策の必要性を浸透させることが出来た。これにより、インド側の行政機関は、自らの主導によりヒ素汚染対策会議を招集するなど、以前には見られなかった積極性が生まれた。 こうした調査・研究結果の提示が対策事業の論理的な意義やアプローチの根拠をより明確化し、そのことが納得感と主体性をもって対策に臨む事業関係者の意識づくりにも繋がる。 「エビデンスベースド」(科学的根拠に基づいている)という言葉は、このような国際協力の対策事業においても重要と考える。また、調査・研究の対象は自然科学のみならず、その地域の生活者の視点を忘れずに文化や社会を深く考察することも必要となる。とすれば、調査・研究から対策事業へと繋げるための肝は多様な経験や専門性を持ったメンバーから成るチーム作りかもしれない。現地スタッフに水質検査方法を指導する矢野助教(右)。バフラーイチ県行政官との協議(左が筆者、中央が横田教授、右がラーケーシュ氏)。本プロジェクトの現地スタッフと日本から派遣されたIRISH工学部教員メンバー。設置された安全な水を飲む地元の少女。19FIELDPLUS 2015 01 no.13

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