FIELD PLUS No.13
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ヒ素汚染と宮崎 私は大分県で生まれ育った。しかしながら、九州の公害に関する知識は、福岡県北九州市の工場地帯の公害や熊本県の水俣病を引き起こした水銀汚染しか理解しておらず、隣県の宮崎県で起こっていたヒ素汚染による鉱害については社会人となって暫しばらくたってから、初めて知ったのである。 宮崎県の北東部に位置する土呂久という村落では、1955年頃から鉱山開発が進み、農薬等の原料に使用されていた猛毒の亜ヒ酸が製造されていた。地域の住民達は知らないうちにその亜ヒ酸を製造する施設から出される排気を吸い、また、製造過程で出される廃棄物で汚染された水を飲用していた。1970年代に入ってから、その実態調査が始まり、1973年に国(当時の環境庁)は土呂久に多発する慢性ヒ素中毒症を公害病に指定した。認定患者は187人(1988年3月時点)となった。宮崎大学との関わりを述べると、当時の宮崎医科大学(2003年に旧宮崎大学と統合)の医師、研究者が住民の被害状況の把握や治療に携わっていた。 1990年代に入り、アジア地域でも社会・経済開発が進む中で、各国のヒ素汚染問題についての照会や調査の相談が現地の研究者等から宮崎大学にくるようになった。宮崎大学工学部の横田漠教授(現在は、名誉教授)を中心とした研究者チームは1996年の内モンゴルでの調査から始まり、ネパール、バングラデシュ、インド等とアジアの大河流域を中心とした地域の調査を進めていった。宮崎のヒ素汚染が人為的な産業開発によるものであったこととは異なり、宮崎大学が調査した諸地域で見られたのは、自然状態の地層のヒ素含有構造等に起因する飲料水へのヒ素汚染の問題である。しかし、明らかに飲料水への汚染がわかっているにも関わらず、その対策が打たれていないことは人為的な問題とも言える。インドのヒ素汚染状況 宮崎大学の研究チームが対象としたインドの調査地は、ウッタルプラデーシュ州バフラーイチ県ネワダ村とチェトラ村というインドの北部に位置する高濃度ヒ素汚染地域とされる2つの村落である。その地域は、農作物のわずかな生産と出稼ぎで何とか日々の生計を立てている所帯がほとんどで、識字率も低い。世界保健機関(WHO)が安全な飲料水とするヒ素汚染濃度の基準は10ppb(=part per billion、10億分の1を表わし公害物質の微量含有量などの単位)以下であるが、インドは50ppb以下としている。 この2村の飲料水の水質調査を行ったところ、2つの村の人口約7,000人のうち、1,723人がヒ素汚染された井戸水を日々飲用しており、住民全体の24%が50ppb以上の水を飲んでいる状況がわかった。 健康への影響については様々な学術的な研究がなされているが、慢性ヒ素中毒症が皮膚がん、膀胱がん、肝がん等の発がんに関与する可能性やより抵抗性の弱い胎児や小児への影響も指摘されている。一方、調査対象地域の住民は、このような健康リスクの知識はもとより、自分達が日々飲用している水の安全性についての疑いすら持っていなかった。ただ仮に、住民が安全な水を得たいと思っても、現状の水源以外の選択肢を取る術がないことも実状であった。 我々は現地でこのような状況を把握するなかで、調査から対策へとその活動の目的をシフトしていった。総合的なアプローチの必要性――志を共有できるチームの力 2008年から2013年の間、JICA草の根技術協力事業(NGOなどの日本の団体による開発途上国を対象とした協力活動で、JICAが審査・支援し共同で実施するもの)を受託した宮崎大学は、インド側の行政機関を相手側実施機関に立てて、この2村を対象地とする飲料水のヒ素汚染対策プロジェクトを実施した。これまでの調査と対策事業には大きな違いがある。対策事業はインインドのヒ素汚染研究から対策事業への展開吉成安恵よしなり やすえ / 宮崎大学国際連携センター世界には、個人の貧富の差や地域の経済的、地理的要因等により人々が安全な飲料水を得られない状況はまだ多く存在している。宮崎大学は約4年間、インド農村地域で飲料水のヒ素汚染対策に取り組んできた。この取り組みは、研究から対策への展開であり、フィールドに「かえす」試みでもあった。プロジェクトで設置したヒ素除去フィルターの維持管理方法の説明会。かえす 3ウッタルプラデーシュ州バフラーイチ県インドラベンショーテジャプール地域ネワダ村チェトラ村バフラーイチ県18FIELDPLUS 2015 01 no.13

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