FIELD PLUS No.13
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17FIELDPLUS 2015 01 no.13分析していくことが仕事だ。だがそうした知見は、政治の場面で政策として採用でもされない限り、あまりにも実効性は低い。 紛争を理解し、解決に資したいと考えるが故に研究者として関わり、それが故になかなか資することができずに苦しむ。深層にあるそんな悩みにあらがうように、これまでのところ、私はパレスチナ/イスラエルに関わる市民運動やボランティアの仕事には、二つ返事で応じるようにしてきた。そうして単発的な仕事を経験しながら、友人の誘いに乗って始めた活動、それがパレスチナ学生基金というNGOである。パレスチナ学生基金の発足 きっかけは、初めてのパレスチナ/イスラエル渡航以来の長い知り合いである日本人からの相談の電話だった。NGOスタッフと大学教員の二足のわらじをはく彼女が、そのときヨルダンのUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)に勤めていた、同じく長い付き合いの共通の友人と一緒に、パレスチナ難民に対する支援を始めようと考えている、どう思うか、と話をもちかけてきたのだ。支援の対象とする難民は、世界各地に離散する500万人以上とされるパレスチナ難民のうち、ヨルダンに住む無国籍の難民だった。私はちょうど、彼らについて短い研究レポートを書いたばかりで、友人はそれに目をとめて声をかけてきてくれたのだった。 ヨルダン在住のパレスチナ人は、その大半がヨルダン国籍をもち、市民権を得ている。そのなかでガザ難民と呼ばれるこの特殊な法的カテゴリーの人々には国籍がなく、国際的な認知度も低い、疎外された存在である。彼らは第三次中東戦争(1967年)で、ガザ地区からヨルダンへ逃れた。戦争の勃発当時、ヨルダン統治下にあった西岸地区の住民にはヨルダン国籍が与えられていたが、エジプトの行政管轄下にあったガザ地区の住民にはどの国籍も与えられていなかった。1967年に難民としてヨルダンへ来た後も、彼らに新たにヨルダン国籍が付与されることはなく、その後も無国籍のまま50年近くが経過している。国籍がないということは、ヨルダン国民のみに認められる職業(公務員等)やヨルダン国民向けの職能組合への加入が必要な専門職(医者、弁護士、エンジニア等)への就業資格がないことを意味する。そのため高い失業率と低所得に直面する人々には、自立を助ける支援が必要とされている。 さいわいUNRWAスタッフの友人が発起人の一人であったために、ヨルダン国内でプロジェクトを進める上での協力体制作りには、彼女からのサポートが期待できた。奨学生の募集公示や、応募書類のとりまとめ、候補者の面接などはUNRWA側で進めてもらえることになった。あとは日本国内での組織作りだ。趣旨に賛同して頂いた先生方や大学院生で準備委員会を立ち上げ、具体的な支援の内容や、目標、資金計画などについて話し合った。政府や国連による予算規模の大きいプロジェクトとは異なり、NGOなどの民間支援ではできることが限られる。明確な理念を掲げ、限られた資金に基づき、できるだけ実効性や意義の大きい事業を選択する必要がある。 プロジェクトの開始にあたって最も議論をしたのは、ガザ難民への支援のあり方とその効果についてだった。難民の生活支援としての実効性を求めるなら、奨学金ではなく、男性への雇用創出がもっとも実践的で需要が高いのでは、との意見も出た。しかし限られた資金と組織で雇用創出を図るのは困難であるし、日本からの支援としては継続が難しい。実際にEUなどが行っている臨時の雇用創出も、長期的な効果は挙げていなかった。奨学金であれば、UNRWAがこれまで様々な団体をカウンターパートとして進めてきているため、確実に実行できる。学歴や高等教育による専門知識の獲得は、民間部門などでの就業に向けた個人のポテンシャルを上げることができる、といった期待から、ガザ難民奨学金プロジェクトを立ち上げることになった。3ヶ月にわたる話し合いを経て、2010年4月16日、パレスチナ学生基金が任意団体として発足した。支援を続けるということ プロジェクトはその後、順調に継続し、今年で5年目を迎えることとなった。初めての卒業生も出て、奨学生からは卒業写真と感謝の手紙が届いた。事務処理を含めた運営の仕事には慣れてきたし、現地でプロジェクトの実施を担って頂いているUNRWAとの関係も安定しつつある。だが依然として課題も多い。 奨学金の財源となる会費を集めるためには、会員を増やすことが必要だが、なかなか思ったように会員数は増えない。NGO活動をするには覚悟の固まらない自分が、あまりうまく活動を宣伝したり、勧誘したりできない、というせいもある。学生基金の運営メンバーが研究者や大学院生、学部生を中心とするため、就職や現地調査などで仕事が中断してしまうこともある。資金も仕事も、まだまだ自転車操業だ。 それでも、続けることには意味があると思う。毎年1人か2人しか採れない募集に対して、何十名も応募書類を出してきてくれ、わずかな資金提供にも関わらずUNRWAの現地スタッフが一生懸命仕事をしてくださるのを見ると、もっと頑張ろうと思う。「かえす」ことを目指すなら、できることから始めるしかない。いまはそう考えている。パレスチナ学生基金のURL:http://palestinescholarship.web.fc2.com/ヨルダン大学構内の風景(2014年8月、撮影:錦田愛子)。

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