15FIELDPLUS 2015 01 no.13ワロゴ語教材の作成に参加した。レッスンの成果 ワロゴ語を話せるようになった人はまだいない。これはやむを得ないと思う。レッスンとレッスンの間隔が長くて、長い時には、2年間もレッスンが無かったのだから。しかし、少しではあるが成果が挙がっている。例を挙げる。 [1]2002年3月のレッスンの時のことである。名詞gamo「水」と動詞「飲む」の命令形bija「飲め」を教えたら、カミンズさんが以下のように言った。Bija gamo「水を飲め!」。この文はワロゴ語の文として正しい文である。ワロゴ人がワロゴ語の文を言うのを聞くのは、1974年にパーマーさんのワロゴ語を聞いて以来なんと28年ぶりであった。 [2]2006年のことであったと思う。以下の文を教えた。Boji bandan「おならが出た」。また、既に、疑問代名詞wanyo「誰」も教えてあった。或る日、小さい子がおならをした。それを聞いてすかさず、或る人が以下のように言った。Wanyo boji bandan?「誰がおならが出たの?」。自分で新しい文を作ったのである。この文もワロゴ語の文として正しい文であると思う。 [3]2006年のことであったと思う。或るお母さんから、息子にワロゴ語の名前を付けて欲しいと頼まれた。『簡明ワロゴ辞典』を一緒に見て、名前を決めた。その息子さんは大変喜んだ。それを見て、別の男の子が言った。「僕もワロゴ語の名前が欲しい」。ワロゴ語の名前が欲しいということは、自分たちの文化に関心を持ったからであろう。言語の価値:何故、祖先の言語を学ぶ? 今、世界各地で言語再活性化運動が進んでいる。何故、祖先の言語を学ぶことは大事なのか? その目的は多くの場合、物質的なことではなく、精神的なことである。例えば、カミンズさんの答えは下記である。「言語はアイデンティティーのために重要である」。また、以下のように考える人もいる。「言語は文化の中心的な部分である。だから、言語が消えたら、その文化の中心的部分が消えてしまう。だから言語は重要である」。研究者の役割と倫理:何のための学問か? 私は1971年に調査を始めた時は、ただデータをもらって、修士論文を書いて、修士号をもらえばよいと思っていた。しかしパーマーさんは常々私にこう言った。「ワロゴ語を話せるのは私が最後だ。私が死んだら、この言語も死んでしまう。私が知っていることは全て教える。だからきちんと書いてくれよ」。今にして思うと、パーマーさんは以下のことを言おうとしたのであろう。「何のために学問をするのか? 私の言語を調べて、成果を挙げて、立身出世する。それだけで良いのか? データの泥棒でよいのか?」。パーマーさんは言語の価値、消滅危機言語を記録することの大事さ、ひいては研究者の倫理と役割を教えてくれたのである。 今、世界各地で少数言語が消滅しかけている。消滅した言語も多数ある。(i)消滅危機言語を記録することと、(ii)言語再活性化運動に協力することは、言語学者の最も緊急な任務であると思う。この記述と協力を通して、言語学は人類文化に大きく貢献することができる。 文中で言及した論著は次の通り(Warungu、Warrungu、Warrongoは全て同じ言語を指す)。・Tsunoda, Tasaku.1974. “A grammar of the Warungu language, North Queensland. ” MA thesis. Melbourne: Monash University.・Tsunoda, Tasaku. 2003. A provisional Warrungu dictionary(ICHEL Linguistic Studies Vol.8)東京大学大学院人文社会系研究科.・Tsunoda, Tasaku. 2011. A grammar of Warrongo. Berlin & New York: De Gruyter Mouton.・Tsunoda, Tasaku & Mie Tsunoda. 2007. “Study of language change: Language death and language revival―The case of the Warrongo language. ”『東南アジア・豪州・アフリカの少数 民族言語の文法記述と言語変容の研究:言語調 査と理論言語学・社会言語学の統合を目指して』 (平成17年度〜18年度科学研究費補助金基盤研究 (C)、課題番号17520257)35-110, plus pictures. 愛知教育大学.子供用ワロゴ語教材について説明する筆者(パーム島)。パーマーさんの子孫と角田三枝博士(タウンズビル)。レッスン用のカードの例。左は動詞、右は疑問代名詞を学ぶための教材。
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