10FIELDPLUS 2015 01 no.13携帯電話が生活の一部になったのは、通常の国土で生活する「市民」だけではない。生まれ育った国や地域を逃れた難民も、携帯電話を使いこなしている。こうした人びとは新たな情報通信サービスをどのように「飼い慣らして」いるのだろうか?と言うようになる。 ただ、その日の電話は特別だった。「もうすぐ妻と娘と一緒に北欧の田舎町に移住することになったよ。あっちは寒いんだろう?暖かい服を準備しなくちゃ」という弾んだ声。ケニアのダダーブ難民キャンプに暮らすソマリ難民のムハンマドからだった。彼は難民キャンプで長期間生活する人々の暮らしについての調査を支援してくれた友人だ。今回の電話は20年以上待ちわびていた難民キャンプの外での暮らしが実現しそうだという喜びの報告と、引越にあたっての少々の支援の要請だった。私は喜びの気持ちを伝え、移住が実現した時の支援を約するとともに、「新居で落ち着いたらお祝いに行くよ」と話して電話を切った。難民の日常生活と携帯電話 アフリカにおいて携帯電話が生活の一部になったのは、辺境地域だけではない。1990年代以降に多くの内戦や紛争を経験してきたアフリカ諸国には、生まれ育ったある日の国際電話 「最近連絡ないけど元気か?」と大した用も無いのにケニアから国際電話がかかってくるようになってもう10年近くになる。私自身はスマホユーザーだが、最近はもっぱらメールやチャットをする道具として使っていて、電話なんて急ぎの用事か実家の両親に近況報告をするときくらいしかかけない。ケニアを含めた途上国の携帯電話は、事前にプリペイドカード等で通信料を課金するプリペイド方式を採用しているし、ケニア−日本間の国際電話料金は安くなったとはいえ1分100円程度かかる。にもかかわらず友人の多くは数十円しかチャージされていない状態で国際電話をかけてくるので、うっかり電話に出ると挨拶も終わらないうちに「時間切れ」になり、電話代を浪費させてしまう。だから私のほうからかけ直すことになるのだが、その結果がたわいのない内容やお金の無心だとムッとすることもある。しかも、そうした電話は調査地のさまざまな友人から頻繁にかかってくる。それゆえ、時には悪いなと思いつつも「居留守」を決め込むこともある。ちなみにケニアの友人も出世してくると、相変わらず大した用事でないことが多いのだがメールを送ってきたり、「Facebookしないのか?」国や地域を逃れ、一時的に他国で暮らさざるをえなくなった人びとが生活している。こうした「難民」もまた−あるいは「難民」ゆえに−彼ら独特の生活上のニーズに即して新たな情報通信技術を使いこなしながら、日々の暮らしを営んでいる。こうした人びとは、携帯電話や新たな情報通信サービスをいかなるモノとして捉え、どのように「飼い慣らして」いるのだろうか? ムハンマドが暮らすケニアのダダーブ難民キャンプは世界最大の難民キャンプである。2009年7月の総人口は、約29万であり、そのうちの約95%がソマリ難民である。これはキャンプが位置するガリッサ県の総人口約28万に匹敵する。難民キャンプは整然と区画整理されている。そこに暮らす人びとは、物質的にはケニアの標準からして充足度の高い生活をしている一方、ホスト国であるケニアの難民法によって移動・労働・政治参加の自由を制限されている。 このように事実上の隔離状態にある難民キャンプのなかには、意外にも賑やかな市ケニアの難民による携帯電話利用内藤直樹ないとう なおき / 徳島大学、AA研共同研究員難民が窮状を訴えるために示した食糧配給の書類。ここで暮らす難民の生のあり方を物語っている。2009年にムハンマドが使っていた携帯電話。北欧の有力携帯電話メーカー・ノキア社製と書いてあるが、真っ赤なニセモノである。2,000円程度で購入可能(当時)。ラマダン明けの夕食の食材の一部。豊富な生鮮食料品が含まれている。ヴィクトリア湖ケニアガリッサダダーブナイロビ
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