9FIELDPLUS 2015 01 no.13機能し始めている。 かつては、カラハリ砂漠を主な生活域としていたサンの人びとも、現在では、政府の再定住政策で、複数の再定住地に分かれて暮らすようになったし、就職や進学のために首都や都市部などへ向かうことも増えた。オーマのケータイ通話歴からもわかるように、遠く離れて暮らすようになったサンどうしの交流は、ケータイの登場によって、みるみる活性化されている。そして都市部に出て行ったとしても、ケータイを駆使して、故郷のサン社会とのつながりを再強化する人びとも現れている。 さらに、ケータイの登場は、住民の原野への移動を促すことにもつながっている。原野の住まいは野生の動植物を利用しやすい一方で、政府の提供する雇用機会や福祉制度に関する情報へのアクセスには問題がのだという。そしてそれを伝えるために電話をしてきたのだ。オーマは興奮冷めやらぬまま電話を切り、すぐさま夫と姉の娘のケータイを鳴らし、このニュースを事細かに伝えた。 夕方、オーマたちは建材集めを終え、家に帰る途中に、原野に暮らすオバ夫妻のところに立ち寄った。すると、思いがけず、長らく心を病んでいた若い女性が、ここを訪ねて、錯乱状態になっているところに遭遇した。オーマはあわてて、再定住地に残っていた夫に電話をし、この女性の家族を探すように頼んだ。ケータイを駆使して、まもなく家族が見つかり、暴れる彼女をなだめ、病院へと運ぶことになった。 夕食を終え、焚き火を囲む時間になると、オーマはまたケータイを取り出した。最初にかけた相手は、コエンシャケネから首都に研修に出かけている女性で、今日一日の出来事をひとしきりおしゃべりした。そして、すぐに次の電話をかける。この日、コエンシャケネのサブ・ヘッドマンの選出に関する会議があったので、その候補者の親族に状況を尋ねたのだ。しかし、詳しいことがいまいち理解できなかったオーマは、今度は町に住んでNGOで働くサンの男性に電話をした。コエンシャケネ出身者のなかではエリートである彼は、ケータイを使って、サブ・ヘッドマン選出についていろいろな人から話を聞き、助言もしているらしく、その経緯を詳しく解説してくれた。最後にオーマは、近所に住む姻族の女性と、再び今日の出来事についておしゃべりを続けた。夜の団欒の場では、ケータイをもっている2人だけが、会話をするのではなくて、通話音量を最大にして、周りに座っている人びともケータイでの会話に積極的に参加する。こうしてオーマのBefreeの一日は、にぎやかに終わった。ケータイが切り開く新たな展開 オーマの一日に代表されるように、コエンシャケネの人びとのケータイの使い方は、政府やNteletsaプロジェクトが期待した方向性とは少し異なっていた。ケータイは、もっぱら身近な人びととのおしゃべりのためのツールであり、都市部の情報にアクセスしたり、経済的利益を生み出したりするために使われることはあまりない。ケータイは、彼らの主流社会への同化を進めるというよりは、むしろ遠く離れたサンどうしの紐帯を新しいかたちで強めることに貢献し、さらに「近代的な生活」だけでなく、原野での生活をサポートするものとしてもあった。しかし、このジレンマの解消にケータイが役立つことを、多くの人びとが認識し始めている。オーマは建材を集めながら「ケータイがあれば、もっと長く原野で暮らせるようになるわ」と嬉しそうにしていた。 数年前まで、日本に帰ってしまえば、私が気軽にオーマに連絡するすべなどなかった。それが今では、時差を計算し、ケータイを使いこなすようになったオーマからの着信はめずらしくもなくなった。ケータイは、たしかにサンの人びとの生活を変えつつある。しかしその変化の向かう先は、かならずしも私たちが見慣れた世界ではないのかもしれない。ケータイをもって町に向かうのではなく、原野に向かったオーマの姿を、もう少し追いかけてみたい。ケータイの電波塔、電線、牛肉販売。みんな、最近になってサンの社会に到来したものだ。「ハロー」「ハロー」。子どもたちは、さっそくケータイを模したおもちゃを手作りし、自慢げに電話をかけあう。
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