FIELD PLUS No.13
10/36

8FIELDPLUS 2015 01 no.13ケータイに使用されているツワナ語や英語を理解しない人もいる。しかし、通話に必要な「緑のボタン(On)」と「赤のボタン(O)」、「アドレス帳」さえ覚えれば、十分ケータイを活用できる。アドレス帳には、読み書きのできる若者が、花や星といったアイコンとともに、電話番号を登録してくれるという。そのアイコンが、アドレス帳に登録された番号を呼び出すときには、大事な手がかりになる。こうしてあっけないほどすんなりと、ケータイはコエンシャケネの日常のなかに溶け込んだ。ケータイをもったオーマの1日 さて、このケータイ、誰と何を話すために使われているのだろうか。通話料が無料になるBefreeサービスを受けた、ある日曜日のオーマの様子を見てみよう。この日、オーマは、朝からケータイをもって、姉とだった。 コエンシャケネの人びとが購入したケータイのほとんどは、最寄りの町で入手できる一番安価な機種だった。これが約250プラ(3,500円)。このほかに、10プラのSIMカードと、プリペイド用スクラッチカードを必要に応じて買えば、ケータイは利用できる。スクラッチカードは、たいてい自分の家の近くの雑貨屋で、最も安い10プラのカードを1枚だけ買う。これで約7分は話せる。10プラあれば砂糖が1㎏は買えるし、それで3日間は朝の紅茶が飲めるのだから、何枚も買う余裕はないのが一般的だ。それでもときどき、大人気のサービス“Befree”を利用するために、週に20プラ分のスクラッチカードを購入することがある。平日に20プラ以上使えば、その週末の通話料金が無料になるのである。 サンの多くは、読み書きになじみがなく、一緒に出掛けた。向かうのは、再定住地の周囲に広がる原野のなかの小道を延々と歩き続けた先。ここに新しい住まいをつくろうとしているという。コエンシャケネでは、政府が設けた再定住地の暮らしに疲れたり、なじめなかったりした人たちが、原野に簡素な小屋を建てて、そこで狩猟採集を営みながら、昔ながらの生活をするようになっていた。多くの人は、この原野の住まいと再定住地のあいだを、状況に合わせて行き来しながら暮らしており、オーマ家族も例外ではなかった。この日は、それまで使っていた住まいよりも、さらに遠くに新しい家を建てようと、その建材を集めに来たのである。 ケータイの電波塔が建てられたのは、再定住地の真ん中だが、電波は周囲10㎞以上にいきわたる。再定住地から約5㎞に位置するこの場所でも、ケータイは十分活用できるのだ。むしろ、人口が密集し、用事があればすぐに訪ねて行ける再定住地よりも、人びとが点在して暮らしている原野のほうが、ケータイの利用価値は高いかもしれない。オーマは新しい住まいの候補地に到着するとさっそく、そこからさらに1㎞ほど離れた場所に暮らす彼女の長姉の孫のケータイに電話をし、長姉を建材集めに誘いだした。 昼過ぎになると、鳥の声だけが聞こえる原野で、着信音が鳴り響いた。コエンシャケネから500㎞ほど離れた別の再定住地であるカウドワネを訪問中の女性からの電話だった。彼女は、カウドワネに住む親族の葬式に参列していたが、その日の朝、二人の男性がケンカをし、片方が槍で刺されてしまったという衝撃的なニュースを聞いた学校教育を受けた女性が電話番号の登録を手助けする。後ろには電波塔がそびえる。原野を歩き、野生スイカを探しながら、ケータイでおしゃべり。原野の住まいでくつろぎながら、再定住地のニュースに耳を傾ける。

元のページ  ../index.html#10

このブックを見る