FIELD PLUS No.12
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3FIELDPLUS 2014 07 no.12GUAL責任編集 塩原朝子 日本の南には大小無数の島々が点在している。島嶼部東南アジアと呼ばれるこの地域では、古くから多くの言語が話されてきた。この言語分布は、台湾を故地とするオーストロネシア語の話者が、今から約4500年前に、まずフィリピンに、さらにインドネシア以南の島々に分岐して移動し、定住した地における先住民族との接触を経て、それぞれの言語を発展させてきた結果である。 この地の人々の多くは民族語などの母語に加えて、隣接するコミュニティの言語に親しみ、さらに、より広域に通じる様々なレベルの共通語(国語・地域共通語など)を用いている。 この「多言語状況」のダイナミズムは多くの研究者を島嶼部東南アジアにひきつけてきた。この地域の言語の中には調査がほとんど進んでいないものも多いため、未知の言語の音や文法を知りたいという動機からこの地域をフィールドに選ぶ言語学者も多い。 今回の特集では、各地で現地調査を行っている研究者がそれぞれのフィールドにおける言語状況の現在を伝える。 8編の報告を見るとこの地域の言語状況の多様性が実感される。一言で「多言語状況」といっても、その実像はその地域の歴史、社会状況、政治的・行政的帰属(あるいは、その帰属の希薄さ)によって様々なのである。 一方、多くの報告に共通して見られる事象として、「共通語化」の急速な進展がある。近年、都市化の進行に伴い、若い世代が固有の民族語ではなく、国語や地域共通語を第一言語として習得するケースが多見される。この変化は個々の研究者の調査の進展を超える勢いで進行しつつあり、何人かの研究者は研究対象である民族語の次世代への継承が今まさに止まろうとしている現場に立ちあっている。 研究者は目の前で起こっていることを客観的な立場から記述・分析するのが仕事である。とはいえ、密接に関わっているコミュニティの大きな変化に直面して、何らかの感情が生まれてこないはずもない。この特集を通して、一人一人のフィールドワーカーが現地の人々に対して抱いている思いも伝わることを願う。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同利用・共同研究課題「インドネシア周辺の少数言語・危機言語ドキュメンテーションに関する研究ネットワークの構築」(2014-2016)では、本特集で扱った島嶼部東南アジアの言語のうち、特に少数言語・危機言語に関して、現地の研究者・言語コミュニティと共同で言語ドキュメンテーションを進めています。http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/projects/jrp/jrp201ジア

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