FIELD PLUS No.12
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ると、その使い勝手のよさがお判りいただけるだろう。お値段も手頃である。市場では、このサイズの土鍋を、170~250スリランカ・ルピー(約160~230円)くらいで手に入れることができる。これはちょうど、大衆食堂で魚入りのカレーを2食注文するのと同じくらいの価格だ。 こうした手軽さゆえか、私がお世話になった多くの家庭では、アルミやステンレス製の鍋と並んで、頻繁に土鍋が使われていた。カレーを煮込むだけでなく、和え物を作ったり炊飯前の米に混じった小石を取り除くためのボウルとして使われたり、マニュオカ(タピオカの原料となるキャッサバという植物の根茎)や芋を煮るときにも活躍する。土鍋には用途に合わせてさまざまな形や大きさがあり、壺のように入り口が狭く深いものから、中華鍋のように中央がくぼんでいるもの、両手なべや取っ手が付いていないものまで多種多様である。土鍋はとくに、酸味のある料理に適している。ゴラカ(ガルシニア・カンボディカ)という酸味の強い干し果実を使ったアンブルティヤールという魚のカレーや、アッチャール(香辛料入りピクルス)、ルヌデヒ(ライムの塩漬け)などの保存食をつくるとき、金属製の鍋では酸と反応して鍋が溶けてしまうが、土鍋であれば料理をいれっぱなしにしておいても心配は要らない。また、富裕層のあいだでは洗濯機や冷蔵庫等の家電とともに炊飯器が普及するなか、他の料理はガスコンロと金属鍋で調理しても、米だけは竃かまどで土鍋を使って炊くという家庭も少なくない。理由は、何といっても美味しいから!竃から伝わるやわらかな熱でじっくりと火が通り、ふっくらと美味しく炊けるのだ。 土鍋を竃で煮炊きすると、新品のときにはレンガ色をしていた表面が煤すすまみれになって触ると手が真っ黒になってしまう。だが、ココナツの繊維で磨くように洗って大切に使い込んであげると、料理で使われるココナツミルクの油分とともに煤の色が染み込んで何とも味わい深い艶をもつようになる。日本の我が家で使っている土鍋は、私が帰国するときに、お世話になった家庭のお母さんがアンブルティヤールを入れてもたせてくれたものだ。竃のにおいや香辛料の香りがしっかりとしみついている。何度も竃で使われたため、新品とは程遠く真っ黒だが、この使い込まれた土鍋でスリランカ料理をつくるとき、たとえガスコンロの上であっても、その香りとともに、薪がパチパチと燃える音や、女性たちと交わした会話がよみがえってくる。 スリランカからもち帰ったおみやげのなかで、一番のお気に入りは、何といっても土鍋(マティ・ワラン)である。ガイドブックに土鍋が登場することなんてまずないし、「なんで土鍋なの?」という声も聞こえてきそうだが、スリランカ滞在中、暇さえあれば女性たちの集まる台所でおしゃべりを楽しんでいた私にとって、ありふれた調理道具である土鍋は、現地で出会った人々やいろいろな出来事を思い出させてくれるかけがえのないものだ。 スリランカの土鍋は、レンガ色のシンプルなデザインの素焼きで、非常に軽く、そして安価である。私がもち帰った土鍋は、直径およそ20センチメートル、1.7リットルほどの大きさで、重さは約600グラム。同様のサイズの日本の土鍋(1.7キログラム)と比較されポロス(ジャックフルーツの若い実)のカレーを煮込む。土鍋には通常、蓋はついておらず、弱火で煮詰めるようにして味を凝縮させる。薪と一緒にくべてあるのは、ココナツの外皮。薪による調理に使われた土鍋は、煤で表面が黒ずんでいく。台所には女性たちや子供が自然と集まり、手を動かしながら、おしゃべりに花を咲かせる。笑い声にまぎれて、薪のにおいやパチパチ燃える音、野菜の香りやココナツを削る音が途切れることがない。台所はにぎやかで楽しい場所だ。特別な来客でもない限り、調理後は土鍋ごとテーブルに並べられる。米飯をよそった皿に各人が思い思いにカレーをかけていくブッフェ方式が日常のスタイル。中央にあるのは、赤米の粉でできたインディヤッパー(蒸した米麺)。スリランカのお母さんが持たせてくれた土鍋。この鍋でお母さんが作ってくれた、数えきれない料理と彼女の笑顔を思い出す。竃で調理をする。家庭用の竃は二口あり、右下部で薪を燃やすため右口は強火、左口は弱火と使い分けることができる。竃の天井部では、ゴラカの果実を干している。煙で燻されて美味しくなるそうだ。インド梅村絢美うめむら あやみ日本学術振興会特別研究員(京都大学)スリランカコロンボ2014 07 no. 12[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス

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