27FIELDPLUS 2014 07 no.124共同研究の在り方飯塚◦三木先生をはじめとする先達の方々がなさったように、イスラーム圏に関するAA研の海外調査は、原則として共同研究の分担者各自の地域、研究テーマと方法を最大限に尊重しながら、同時に一度はどこかに集まって、お互いに得た情報を交換し合うというスタイルでやってきました。しかし現在では、その頃よりも研究がどんどん細分化していく中で、共同研究をどうしていくかという問題が生まれています。 例えば今、AA研のベイルート海外研究拠点(中東研究日本センター)でおこなっているのは、「中東都市社会における人間移動と多民族・多宗派の共存」という国際共同研究ですが、そこでは現地のレバノン人研究者はもとより、レバノン生まれでフランスの研究機関に所属している研究者やドイツ人のシリア研究者、イランを専門にするフランス人研究者といった顔ぶれを共同研究員に委嘱して、日本からもたくさんの研究者が出かけて行き、共同で調査と研究を実施しています。また、科研費によるグローバルなレバノン・シリア移民の研究もおこなっています。実は本学、東京外国語大学には、レバノン・シリア移民を受け入れた側である南米の研究者、とくにブラジルの専門家がおられます。そこで、移民の受入れ側であるブラジルの専門家と移民を送り出す中東の専門家とが一緒に共同調査をおこなって、双方向から研究成果を挙げているわけです。近年、ビル・ゲイツと世界一の富豪の座を争い続けているカルロス・スリムなどもそうですが、とにかくメキシコから中南米にかけての地域は、レバノン・シリア移民が政治的にも経済的にも非常に強い影響力を持っていますので。家島◦とくにレバノン人、シリア人の場合、世界中にさまざまなネットワークを持っていることで知られていますね。南米だけでなく、西アフリカやオーストラリアなどにも。飯塚◦もう一つ、現代における大きな問題は難民です。オーストラリアでは、紛争を逃れて移り住んできたソマリア人やイラク人のタクシー運転手などに出会いました。このように問題関心は少しずつ近現代にシフトしていますが、AA研でのイスラームに関する共同研究の中心は、三木先生の時代と同じく、人の移動やモノの交換といったネットワークの研究ですので、家島先生から今後の研究の展望に関連することを少し伺えれば、と思うのですが。家島◦人の移動、移民・難民などはまさしく近現代の重要問題ですので、三木先生の時代も今も同じく、大変に魅力ある恰好の共同研究のテーマです。しかしここで一口に共同研究といっても、その共同研究のやり方、具体的なテーマの設定や研究方法などについて、また参画するメンバーの選び方にも、一概に決められない難しい問題がありますね。AA研の所内でも、共同研究の在り方について、皆さんの間で討議を重ねてみたらどうですか。また、共同研究の成果というものは数学のようにクリアーな一つの答えとか結論を導き出すことではなく、多様な問題発見のプロセスそのものであって、さらに今後の研究展開につなげていくための問題集のようなものではないかと、私は考えています。飯塚◦共同研究を進めていく過程で、お互いに刺激を与え合うような研究でないと面白くないということですね。家島◦科研費による共同研究の申請書を提出する時には、もちろん、あらかじめおおまかな研究上の見通し、結論の予測を設定しますが、メンバーのすべての人たちがその共通の予測に向かって、常に強い興味を抱き、各自の独自の鋭い視点と方法を発揮することが新しい問題の発見につながるのだと思います。飯塚◦家島先生は、とくに研究対象が広域ですが、個々の研究者が広い関心を持たなければならないということですね。家島◦そうです。狭い問題でも、広い視野の中で個別の問題を見ていかなければ、全体を見失ってしまう恐れがありますね。細かい事実を一つひとつ並べてみても、「ああ、そうですか」で終わってしまい、そこからどういう問題を発見し、相互にどのようにつなげて、一つの大きなもの、新しいものを築いていくのか、メンバーの人たちがそこから何を学び、得るかといったこと自体に、共同研究の大きな成果があるのではないかと思います。最後に一言だけ、是非とも申しあげたいのは、私がAA研に在籍して一番よかったことは、先輩の富川盛道、山口昌男、日野舜也、中村平次などの諸先生方、三木先生や上岡さん、中野暁雄さん、永田雄三さんなどの優れた同僚たちがおられて、そうした人たちから多くのことを学ばせていただいたということです。そのことが研究所として、最も重要なことではないでしょうか。相手の学問を知り、学び、お互いに切磋琢磨していくことこそが本当の共同研究ではないですか。
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